第26話:鏡のない儀式
――Ara / さいだん座
供物がある。
儀式がある。
だが――鏡がない。
それは、宇宙における「捧げものの行方」が、どこにも映らないということだった。
***
その中心に据えられた石台は、明らかに“供物の配置”を意図した構造をしていた。
だが不可解なのは、“向かい側”が存在しないことだった。
通常、儀式は“受け手”があることで成り立つ。
神、祖霊、観測者、あるいは記録装置。
だが、この祭壇にはそれが一切なかった。
まるで、見られることを拒んだ儀式のようだった。
***
調査を行った文化考古学者のイシュナは、祭壇の石材に埋め込まれた異物に気づく。
それは金属片のように見えたが、光を反射しなかった。
彼女がそれに触れた瞬間、周囲の“音”が消えた。
耳鳴りのような静寂。
そして、その沈黙の中に、囁くような数列が浮かんだ。
> 13.4.7
M:N:鏡像ゼロ
彼女の記録端末には、自動で詩のような文が生成されていた。
> 「供える手はある。だが、映す鏡がない」
「神は不在。だが儀式は終わらない」
> 「13回、捧げられた願いは、どこへ消えた?」
***
イシュナは思索機と接続し、意識を深層記録に同期させた。
そこで彼女が見たのは、“捧げられ続ける供物”の連なりだった。
水、火、血、言葉――そして最後に、“名”。
だが、それらが何かに届く気配はなかった。
ただ、供物は祭壇に落ち、影も落とさず消えていく。
受け手のない儀式。
捧げたことだけが“事実”として残される構造。
そしてその最奥に、モノリスのような断片が佇んでいた。
その表面には、手をかたどった印。
13本の指が描かれ、中心に“鏡”を示す記号が刻まれていた。
だが鏡は割れ、歪んでいた。
それは、“反射しない存在”の証だった。
***
イシュナは意識を戻す前、ひとつだけ確信した。
この祭壇は、「観測を拒否する意思」が造ったものだと。
見られないこと。記録されないこと。
それこそが、彼らの捧げた“供物”だったのだ。
***
後にイシュナの記録は学会に提出されたが、中央AIは“形式不備”として受理を拒否した。
理由は、観測ログが一切ないこと。
すべての記録は“捧げられた痕跡”としてしか存在していなかった。
ただ一つ、彼女の報告書の表紙にだけ記されていた言葉が残る。
> 「見られないまま終える。それが信仰だ」
> #Ara
#SacrificeWithoutWitness
#EchoRitual
#鏡なき供物
――
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