第23話:記録されざる種子

――Crater / コップ座


それは“在った”が、誰も知らなかった。

この宇宙のどこか、かつて存在した文明ネオ・シード連環の最終記録。


彼らは文明の終焉を知り、未来への継承ではなく――忘却を選んだ。


***


アルタ・バラン星系の漂流観測機オルビス6-Bが、ブラックアウトから再起動したのは211年ぶりだった。

エンジンもナビも失われ、ただひとつ、内蔵データベースのみが更新されていた。


データタイトルは、“記録されざる種子(Unindexed Seed)”。

再生不能。圧縮不能。言語変換不能。


ただ、ファイルの先頭にのみ、不可解なタグがついていた。


> 【CRTR.13】

【REVERSE.CONTAINER】




中身は空だった。だが、容量はゼロではなかった。


つまり、“在るが見えない”。

《ネオ・シード連環》が残した「透明な知」だった。


***


この不可視ファイルを解析したのは、記録考古学者ラミア博士。

彼女は思索機と接続し、ファイルを“体感”するという極端な手法をとった。


彼女が見たもの――


それは“容れ物”だった。

カップ。コップ。杯。

記録とは内容だと誰もが思う。

だが《ネオ・シード連環》は、器そのものを遺した。


それは「内容」を排し、「構造」だけを未来へ残すという選択だった。


記録ではない。

記録される構造こそが、彼らの“種”だった。


そして器の内壁には、刻まれていた。


> 「記録されることを拒否された言葉たちへ」




***


博士はしだいに奇妙な夢を見るようになる。

夢の中では、常に誰かが器を差し出す。

満たされていない。

だが、誰もがそれを“ありがたく”受け取る。


その理由が、ある日ふとわかる。


器の底には、13個の小さな欠けがあった。

目には見えない。触れて初めてわかる“異常”。


それらは、どこかで見たような構造をしていた。


M。N。13。

かつてどこかで残された、あの断片。


「この器は――“記憶の型”だ」


博士は気づく。

《ネオ・シード連環》は、自らを記録せずに、記録そのものの器を遺していた。

あとは誰かがそこに“注ぐ”ことを期待して。


未来における“記録者”が出現することを。


***


今、博士の記憶もまた空白になりつつある。

彼女の端末には、自動生成されたログが残っている。


> 「記録は形に宿る。意味は後から注がれる」

「13の空白が満ちたとき、器は完全な“言語”になる」




器とは、忘却と期待の間に置かれた“受け皿”だったのだ。


***


後日、ラミア博士のオフィスから一つのガラス容器が発見される。

底には指でなぞられたような微細な溝があり、

それらは、銀河座標に似た形をしていた。


学会はその器を《クレーター13型》と呼び、保管する。


だが、誰もその器に“何を注げばよいか”を知らない。


ただひとつ、わかっていることがある。


その器は、空であることを拒んでいる。


> #Crater

#UnindexedSeed

#13の欠け

#EchoVessel




――

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