第22話:双曲線の蛇

――Hydra / うみへび座


「この軌道に、直線は存在しないんです」

そう言ったのは、貨物船オスモシス9の航法士ナレインだった。


彼は長距離軌道の熟練者だったが、近年、航行記録に“逸脱”が頻発していた。

いずれも計算上では完璧な進路だったにもかかわらず、実際のログは、わずかにズレる。

しかも、そのズレは“数学的”に説明できない軌道――双曲線のように曲がりくねったものだった。


しかも、それらすべてのログに、13.3.1というタグが隠されていた。


***


ある夜、ナレインは船内ログの解析中に、奇妙な連続座標を見つけた。

航行ログの中に、**自己修正される“空白”**が存在していたのだ。


「この航跡、なぜか毎回“消されて”る……?」


航行ルートを3D投影すると、全航跡が1点で交差していた。

それは銀河中央域へ向かうはずの航路とは無関係な、“見捨てられた宙域”――通称:エコーストレッチ。


そしてそこには、“何もない”はずだった。


ナレインは再解析を試みる。

だがそこに浮かび上がったのは、うねるような連続線の集合体。


そして、ログの底に微かに記録されていた通信ノイズ。


> 「彼女は“ここ”を抜けた。まだ終わっていない」




> 「13体目の意識。海を超えて進行中」




彼は既視感に襲われた。

誰かが同じ軌跡を“描かされた”ような。


***


数日後、ナレインは補助AIナミと共に、あえて“逸脱点”に船を向けた。

航行中、AIが警告する。


「ナレイン、ここは……“記録の外”です」


やがて外部カメラが“何か”を捉えた。

それは、蛇のように蠢く光の連なり。

全長数千キロ。透明な曲線が、音もなく宇宙に存在していた。


それは、恒星の重力も、ダークマターの流れも無視した形で“存在”していた。


ナレインは言った。


「これは……軌道じゃない。“意志”だ」


光の蛇はゆっくりと彼の船に近づく。


通信機が勝手に起動した。

不明データの中に、わずかに判読可能な文字列。


> 「H Y D R A」




> 「13では、終わらない」




船の周囲を取り囲むように、曲線が絡む。

AIが叫ぶ。


「ナレイン、この宙域は座標軸が崩壊しています! このままでは――」


そこで通信は途絶えた。


***


後日、《オスモシス9》は異常航路を描いた末に、地球軌道へと“無人”で帰還した。

記録装置は損傷していたが、ひとつの断片だけが残されていた。


それは、船体底部に直接刻まれていた数式の羅列。

双曲線軌道の方程式に似ていたが、最後にひとつだけ異質な記号が記されていた。


> ΩN13




研究者たちは解読を試みたが、いまだ意味は不明。

ただし、この事件を調査していた地球外航行局の技術者は、ひとつだけ言った。


「これは航路じゃない。“言語”だ」


***


この宙域に、矛盾と記録の“蛇”が棲んでいる。

それは形なきものを喰らい、意味を吐き出す。


読み取れる者がいれば、それは“選ばれた航路”かもしれない。


> #Hydra

#軌道外通信

#13を超える存在

#EchoCurve




――

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