第21話:時間の枷

――Capricornus / 山羊座


人は時間に縛られる。

だが、それを自覚している者は少ない。

その「時間の枷」を“視認できる者”は、さらに稀だ。


――私は、それを見た。


***


2038年、木星第六衛星・エウロパに建設された観測ステーション《オルド・クロノス》。

その役割は、亜空間重力波に同期した「時間異常領域」の観測であった。

私はその主任研究員だった。名をリド・オサリスという。


きっかけは、エウロパの氷床下に突如現れた“時間の縒れ”だった。

重力異常でも、エネルギー残留でもない。

ただ、そこに“在る”だけの「停滞」。


計器の数値はすべて正常値を示していた。

しかし、人間の身体時計だけが――おかしい。


私の同僚、ナリヤはこう言った。


「この部屋、時間が“進んでない”気がする」


その言葉の意味を、私はすぐには理解できなかった。

だが、彼女の言葉を境に、記録映像に奇妙な現象が写り始めた。


――誰もいない廊下に、山羊のような影。


それは記録の特定フレームにしか写らず、ただ一点を見つめていた。


その方角は、私の私室だった。


***


次第に、他の観測員が姿を消していった。

一人、また一人。


記録上は、“施設を出た”ことになっていた。

だが、誰一人として地球には帰還していない。


私はある日、ナリヤの遺したログファイルを発見する。

それは録音ではなく、「思考」の記録だった。


> “時間は連続していない。

私たちは“繰り返し”を、記憶の線形として誤解している。

あの山羊は、記録と記録の間の“隙間”を喰らっている”




その後、私はその部屋に入ることを決意した。

ナリヤが最後にいた“観測区画13号室”。


部屋に入った瞬間、私はそれを見た。


――歪んだ空間の中に、山羊の影が立っていた。


眼はなかった。ただ、空間の“向こう側”に透けていた。


私はそのとき理解した。

これは「記録されなかった時間」の象徴だと。


過去と未来の“あいだ”。

記憶されることのなかった“間違い”。


そしてこの山羊は、“私たちの迷い”そのものだと。


***


その後、オルド・クロノスは閉鎖された。

理由は公にはされなかったが、全職員の意識データが消失したという。


私の存在も“記録”として残っていない。

けれどこの文章だけは、なぜか端末の奥深くに残っていた。


誰かが読むことを、私は願っている。


そして、その読者が――「13」という数字に見覚えがあるなら。

あるいは、どこかで「M」や「N」といった“見慣れた異物”を拾ったことがあるなら。


それは、もうすでに“時間の枷”の中にいるということだ。


> #Capricornus

#EchoChronos

#記録と欠損

#13thRoom




そして最後に――


――“彼”の言葉が思い出される。


「君は、“忘れられた時間”を生きている」


***

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