第11話:最後の矢

──彼女は、外れた矢について語った。


軌道都市オルフェウスⅡ、遠距離観測士セリナ・ハースは、星間戦争末期に名を馳せた元狙撃手だった。

その異名は〈千光年の腕〉。

一度も弾道を外したことのない、完璧な“射手”。


だが、彼女が引退を決意した原因は──たった一度の誤射だった。


その日、セリナは命令を受け、ある船団の中枢システムに向けて量子弾を放った。

標的は人道違反技術の中枢AI。しかし、着弾したのは居住ブロック。

4,300人が死亡。原因は「観測誤差による座標ズレ」とされた。


だが彼女だけは知っていた。


> 「照準は合っていた。私の計算に誤差はなかった。けれど──矢が、逸れたのよ。」




彼女は以降、武器に触れることを拒み、流浪の観測士として過去の“空撃ち”を追い続けた。


ある日、彼女は“あの矢”が着弾した空間近くで、奇妙なデータ歪みを検出する。

そこは「時間位相」が乱れた宙域。

観測点を増やすと、そこに、別の観測者の痕跡が浮かび上がる。


それは、明らかに未来の観測情報だった。


──未来の誰かが、狙撃軌道に干渉していた。


「その矢は、意図的にずらされたのね……」


しかも、軌道のずれは“精密”でありながら、意味を持たないよう装われていた。

犯人は誰か。目的は何か。

彼女は再び“矢”を手にする。


この物語の終盤、セリナは静かに言う。


> 「私はもう、射たないわ。けれど、照準だけは残しておく。

次に放たれる矢が、本当に届くために。」




最終記録には、こう記されていた。


> 「意志は、未来に矢を放つ。

矢が届くかどうかは、放った後に決まる。」




**


> 識別タグ:Sagittarius-11




**


──外れた矢は、本当に誤射だったのか。

その答えは、まだ軌道上を漂っている。



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