第12話:逆流の山羊

──その男は、時間に逆らって登っていた。


惑星ヴァラニクスの赤道直下にそびえる“重力柱”。

人工的に形成された1万メートルの構造体であり、宇宙開発黎明期の技術遺産。

すでに崩壊寸前とされ、今は誰も登らない。


そこに、ひとりの男がいた。名は、ライゾン・ベック。

かつて、地上最強と謳われた陸戦特殊部隊の元隊長。

だが、今は義肢と呼吸補助装置に頼る老兵。

誰もが彼の登攀を「無謀」「狂気」と呼んだ。


彼が目指していたのは、頂上にある“記録端末”。

そこには、40年前に消息を絶った部下たちの最後の交信が残されているという。


> 「俺はまだ、終わってない。奴らの記録が……まだ、回収されていない。」




登るほどに、重力は増す。

人工柱には時空圧縮装置が埋め込まれており、上に登るほど時間が“古く”なる。

つまり彼は、物理的だけでなく時間的にも逆流していた。


──途中、彼はかつての自分の記録と出会う。

若い自分の声、戦場のデータ、部下たちの笑い声。

それらが、彼の身体と心を徐々に蝕んでいく。


それでも彼は言う。


> 「強さは、登ることじゃねぇ。崩れながら登ることだ。」




頂上に辿り着いた時、彼の生命活動は限界に達していた。

だが、彼は最後の力で記録端末を開いた。

そこには、部下たちの最期の映像と、彼に向けたメッセージがあった。


> 「隊長──あなたが、この記録を見ている時、

それはきっと、もう戦う必要がない時代でしょう。

それなら、それでいいんです。あなたの登攀は、無駄じゃなかった。」




記録が再生され終わった瞬間、重力柱が崩れ始めた。


だが、地上に残ったのは、ひとつの転送された“記録”だけだった。


**


> 識別タグ:Capricornus-12




**


──老兵は何を登ったのか。それは、時間か、誇りか。

あるいは、もう誰も必要としない“記憶”か。



---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る