森からの便り

 マレが大喜びでないています。

 駅員さんが駅舎から外を覗いてみると、ポストさんが来ていました。マレは少しでもポストさんに近付こうと、つないだリードを伸ばせるだけ伸ばしてブンブンしっぽを振っています。マレはポストさんが大好きなのです。


「お疲れさま」

 駅員さんは駅舎から出て、ポストさんに声を掛けました。

「お疲れさま。今日は、おみやげがあるよ」ポストさんは、駅員さんに山葡萄を見せました。「ここに来る途中で見つけたんだ。綺麗な実だろう。いつも、駅長が小鳥に盗られてばっかりじゃ、割に合わないからな。桑の木駅の分の山葡萄を分捕ってきたんだ」

「犬に葡萄は良くないんだ。中毒をおこす犬もいる」

「それぐらい知っているさ。誰が駅長に食べさせると言った。わたしは『桑の木駅の分』と言ったんだ」

「桑の木駅の分と言われても」

「だから」ポストさんは返事をしかけて一瞬口籠もりました。「ジャムかジュースにすればいい」と言いかけたんだなと駅員さんは察しました。おばあさんの旅立ちから立ち直れない駅員さんに気を遣って、言うのを止めたのでしょう。


「それかさ、桑の木駅に飛んでくる盗人ぬすっとどものおとりにするんだ。盗人ぬすっとおとりに気を取られている間に、駅長はごはんをひとりで、ゆっくり平らげることができる。めでたしめでたしだ」

「山葡萄目当てに小鳥やヒメネズミが来れば、見習い駅員を見張ったり叱ったりする手間が増えて、かえって忙しくなるだけだ。マレはゆっくりごはんなんか、食べていられないよ」

「まあまあ、そう言わずに」

 ポストさんは、駅員さんに山葡萄と配達物を渡しました。


 森の家のおばあさんは山葡萄の実で、よくジュースやジャムを作って駅員さんやポストさんに持ってきてくれました。山葡萄の蔓で編んでくれた籠は、今では駅員さんの大切な思い出の品の一つです。


「仕事が終わったら、ジャムにでもするよ」

 駅員さんがそう言ったのが聞こえたのかどうか、ポストさんは郵便ポストを開けると、大袈裟に溜め息をきました。

「やれやれ。この季節は、風に飛ばされた落ち葉まで、郵便差出箱の中に入っているよ」



 ポストさんが行ってしまうと、猫のムンがそっと犬小屋の中から出てきました。まだ少しポストさんが怖いのです。

 桑の木の上で隠れていたリスもヒョコッと顔を見せました。リスは冬毛になりはじめて、耳の房毛が伸びてきています。木からするする降りて来ると、マレのごはんを覗きに行きました。リスも賑やかなポストさんは苦手でも、駅員さんやマレは平気なのです。


 猫のムンはリスを見るなり追い掛けたくて、ムズムズ体を動かしています。でも、マレが見ているので飛び掛かるのは、我慢我慢です。

 何度もマレ駅長から教育的指導を受けているうちに、見習い駅員ムンもどうにか小さな生き物たちに飛び掛かるのを我慢できるようになりました。それでも、マレが見てないところでは、小鳥やリスやヒメネズミに飛び掛かることもありました。でも、ムンはマレが見ていないかとキョロキョロあたりを見回し確認してから飛び掛かるので、その間にリスも小鳥もヒメネズミもどこかに行ってしまいました。


  

 駅員さんはポストさんが捨てていった落ち葉を拾い集めました。色づき始めた葉っぱは、なんだか、森からの便りのような気がしました。いったい誰に宛てて、どこに届けたかったのでしょう。

「…… きっと、おばあさん宛だ」

 駅員さんは森の上の空を見上げました。秋の日差しは、とてもやわらかでした。



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