ムンの赤いセーター

 おばあさんからの小包は、ムンの冬支度ふゆじたく用の赤いセーターでした。

 駅員さんのマフラーやマレのセーターとおそろいのセーターは、すぐに大きくなる仔猫のサイズではなく、来年も再来年も着られるように、おとな猫のサイズで編んでありました。

 小包には家族の人が書いたお礼状も添えられていました。

 おばあさんは猫のムンのことを知ると、すぐにムンのセーターを編み始めたそうです。そして、セーターが編み上がると、自分が息を引き取った後に駅員さんに届けてくれるよう、家族に頼んだそうです。

 お礼状の最後には、色々ありがとうございましたと書いてありました。

 駅員さんは、お礼を言わなければならないのは、わたしの方だと思いました。




 おばあさんからの手紙を何度も読み返しているうちに、駅員さんの心はだんだんとざわついてきました。「わたしが森の家に来る前にいっしょに暮らしていた猫」という部分が、どうしても引っ掛かるのです。


 おばあさんが森の家にやってきたのは、前世を終えてすぐでした。

 森の家に来る前とは、まだ前世にいたとき……。突然行方不明になった黒猫のことを覚えているのなら、前世の記憶が残っているということです。


 だけど、そんなはずはありません。おばあさんは記憶のある素振りを一度たりとも見せたことはなかったのです。

 駅員さんは何度もそれとなく探りを入れましたが、期待する反応が返って来たことはありませんでした。



 ムンという名の黒猫の話は、おばあさんが森の家に越して来たばかりのころに、一度だけ聞いたことがありました。随分以前のことだったので、駅員さんはすっかり忘れていたのです。あのときも彼女は「」と言ったのかどうか、記憶は定かではなく、今となっては確かめようもありません。


 マレの妹の仔猫に「ムン」と名付けたのも、記憶の底にあったおばあさんの黒猫と同じ名前を無意識のうちに選んでいたからでしょう。



 おばあさんが黒猫の話をしたとき、なぜ聞き流してしまったのか。どうして疑問に思って、すぐに問い返さなかったのか—— いくら悔いても悔やみきれませんでした。


 彼岸花と同じ色のムンのセーターを見ながら、駅員さんの疑問と後悔は大きくなるなるばかりです。



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