九月

彼岸花

 虹の架け橋沿線にも、彼岸花が咲くころになりました。


 おばあさんは、先週、ターミナル駅のホスピスで亡くなりました。眠るように静かな最後だったそうです。


「今度は、逆か……」

 前世では駅員さんの方が先に旅立ち、おばあさんが一人残されました。

 でも、そのことをおばあさんは知りません。駅員さんとは違い、前世の記憶がないからです。


 いつか、こことは違うどこかの世界で、また会えるのだろうか—— 駅員さんは、ふと思い、すぐに首を横に降りました。

 彼女が記憶を残してはいなかったのは、ひどく落胆することでした。彼女から拒絶されたようにも思えました。




 彼岸花は、いつのまにか細い茎だけがまっすぐに伸びて、てっぺんに花火のような真っ赤な花がパッと咲きます。そして、花が咲き終わるのを待って葉が生えてきます。

 花と葉が入れ違うように現れるので、「葉見ず花見ず」—— 葉は花を見ず、花は葉を見ず—— ともいわれています。


 駅員さんは、わたしたちみたいだと思いました。でも彼岸花と違って、二人は会うことができました。

 しかし、それは余計に残酷なことに思えました。一本の同じ彼岸花なら花と葉が相見あいまみえないけれど、二本の別々の彼岸花なら花も葉もお互いを見ることができるのです。

 もともと縁がなかったのか—— あるいはとっくに二人の運命は切り離され、彼岸花は株分けされたのかもしれません。




 おばあさんが亡くなる少し前の真夜中過ぎ。

 眠れずにいた駅員さんは、蜂蜜入りのミルクを置いて机の前に座っていました。足元にはマレ、膝の上ではムンが眠っていました。

 ホスピス行きの深夜列車が、桑の木駅を通過して行きます。

 その音を聞きながら、駅員さんは次の公休日には必ず病院にお見舞いに行こうと決心しました。残された時間はあと僅か。おばあさんがホスピスに行く前に、もう一度会いたかったのです。

 でも、駅員さんが訪ねた日には、おばあさんは病院を出た後で、既にホスピスで面会謝絶になっていました。


 六月に桑の実を持ってお見舞いに行ったときが、二人が会った最後の日になりました。



 銀河鉄道のターミナル駅は各路線の終着駅であると同時に、始発列車が出発するスターティング駅でもあります。そこにあるホスピスでの看取りもまた、別の世界への新たな再生へと繋ぐものでした。

 彼女が今度はどの世界へ出発するのか、わかりません。

 月の海ターミナル駅の助役のままでいたら、もしかしたら知ることができたのかもしれません。しかし、知ったところでどうなるものでもありません。彼女の来し方行く末は彼のものではなく、彼女自身のものなのです。

 今では駅員さんにも、それがよくわかっていました。



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