夕焼け空
8月も半ばを過ぎ、日が沈むのが、だいぶ早くなってきました。
駅員さんは、ホームから夕焼けに染まった空を見上げました。前世のころから夕焼け—— 取り分け夏の終わりの夕焼け空には、思い入れがありました。
晩夏の夕暮れは、空を見上げないものにも、夕焼けに気付かないものにも、その下にいる全てのものを
「今日も暑かったけれど、なんとか一日、すごせたね。楽しかったら良かったけれど、もし、たいへんだったとしても、今日という日は、もうすぐ終わるよ。今日も一日、お疲れさま。明日は、どんな日なんだろう。今日より、良い日だといいね」
駅員さんは、前世と変わらない夕焼けの声をプラットホームで聞きながら、森の方に目を向けました。
今は誰もいない森の中の家も、おばあさんが暮らしていたころと同じように夕焼けに赤く染まっているのでしょう。
夏休みにはいつも森の家に来ていた孫の明斗くんとも、今年の夏は会わずじまいでした。
「あの子は病院にお見舞いに行っているのだろうか」
約束が果たせなかった駅員さんは「せめてあの子だけは、頻繁におばあさんに会いに行ってほしい」と願っていました。
でも、それは駅員さんをひどく後ろめたくもさせました。
「わたしは姑息だ。なんでも人任せだ」
本音を言えば、おばあさんの病気の進行を見るのが怖かったのです。二ヶ月前の6月の時点でさえ、あんなに痩せていたのですから。
「—— 臆病なのは、前世のままだ」
桑の木駅を上りの通過列車が過ぎていきます。
「いっそ、わたしも前世の記憶などなければ、良かったんだ」
駅員さんは、おばあさんが病院に行った日を思い出しました。あれは3月の春まだ浅い日でした。
「病室からも、この夕焼け空が見えるのだろうか。森で見る空と街で見る空は、どれだけ違うのだろう……」
駅員さんはそう考えてから「空は空。どこにいたって同じ空の下にいることには、変わりはない」と思い直しました。
宿舎の方から、犬のマレが吠えているのが聞こえてきます。
「駅長のやつ、また、見習い駅員を叱っているな」
そのようすを想像すると、駅員さんの沈みがちな心も、少しは明るくなるのでした。
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