六月

朝ごはん

 同じ毎日のようでも、一日一日は違います。

 今日は昨日の続きでも、同じ日ではありません。毎年6月はやってくるけれど、去年の6月と今年の6月は違います。



 駅員さんは巨大ターミナル駅から、小さな桑の木駅にやってきて、しみじみそう思うようになりました。

 冬には枯れ木のようだった桑の木も、春になれば芽吹き、葉が茂り、花が咲いて、初夏には実がなり、秋には葉が落ちます。

 一日一日では大きな変化を感じなくても、一週間、一ヶ月、半年では驚くほどの変化があります。

 ターミナル駅にいたときは忙しさにかまけ、日々の変化、季節の変化など考えてもみませんでした。



 6月の早朝、たわわに実をつけた桑の木の前を通って、駅のパトロールという名のマレの散歩から戻ってくると、朝食の時間です。

 しっぽを振って待っているマレ駅長のために、まずはドッグフードと新鮮な水の用意をします。

 次は、駅員さんの朝ごはんの支度です。農家の人が持ってきてくれた玉菜で、お味噌汁を作ります。お味噌は桑の木駅のお店で買いました。今朝はそこに卵を一つ落としましょうか。ぬか床から胡瓜と茄子のぬか漬けを出して、炊き上がったばかりのご飯をお茶碗によそいます。胡瓜も茄子もぬか床も、農家の人からの差し入れでした。

「いただきます」

 窓から入ってくる風は生命力溢れる森の新鮮なにおいがして、朝ごはんをとびっきりのごちそうにしてくれました。

 ごはんが美味しく食べられるのは、幸せだと駅員さんは思います。ターミナル駅で助役をしていたときは毎日慌ただしくて、どんな朝食をとっていたのか、そもそも朝ごはんを食べていたのかどうかさえも思い出せません。



 朝食が終わって後片付けをしても、駅舎に行くにはまだ少し時間がありました。

 駅員さんは昨日ポストさんが届けてくれたおばあさんからの手紙を封筒から出して読み始めました。もう、十回は読み返しているでしょう。

 うれしい内容だったので、駅員さんは今朝のごはんが、よけいに美味しかったのかもしれません。 

 おばあさんはこれまで入院していた病院をかわって、大きな総合病院に移っていました。その同じ病院で、おばあさんの二番目の孫になる赤ちゃんと初めて会うことができたそうなのです。

 手紙には「病棟は違っても、同じ病院に孫といることができて、とてもうれしい」と書いてありました。それから「この病院に移って具合もだいぶ良くなっているから、また桑の木駅で駅員さんやマレちゃんに会いたい」とも書き添えてありました。

 駅員さんにはそれが叶わぬ願いなのはわかっていましたが、胸の奥に押し込めて鍵をかけておきました。


 駅員さんは手紙をていねいに畳んで封筒に戻すと、駅舎に出勤しました。

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