五月

振り子時計

 毎朝、駅員さんは目覚まし時計の鳴る20分前には目を覚まします。

 それなら、目覚まし時計の必要などないはずですが、駅の仕事は時間厳守。万一にでも、寝過ごすことがあってはいけません。その万一が起こらないよう、必ず目覚まし時計をセットするのです。


 とはいえ、銀河鉄道にはたくさんの路線にたくさんの駅があります。どこも安全安心運行に変わりはないものの、ここだけの話、けっこう時間にアバウトな路線や駅があったりもします。

 やはり、かたくな時間厳守は、駅員さんの性格によるものでしょう。


 日捲りカレンダーをめくって身支度を終えたあと、一週間に一度ゼンマイ式の振り子時計のネジを巻くことが、朝のルーティンに加わります。その日はさらに五分早く起きます。

 振り子時計の文字盤にはネジの穴が二つありますが、巻き鍵を挿して巻くのは時計を動かす方だけです。時打ちのネジは巻きません。

 ボーンボーンと突然鳴り出す音にびっくりしたマレが興奮して、大きな声で吠え立てるからです。

 駅員さんに引き取られたばかりのころは、チクタクという秒を刻む音にさえ落ち着きをなくしていました。チクタクにはどうにか慣れたものの、ボーンボーンはいつまでたってもだめでした。それで、駅員さんも時打ちのネジを巻くのをやめたのです。


 ネジを巻き終え、巻き鍵を振り子の下に置いて時計の蓋を閉めると、ちょうど目覚まし時計が鳴り出します。

 目覚まし時計を止めてベッドを整えると、次はマレのお散歩です。振り子時計とは違い、同じ時計の音でもマレは目覚まし時計の音にはビクともしません。それどころか、しっぽを振って喜びます。この音は朝のお散歩の合図だと、マレは信じているからです。


 新緑がまぶしい五月の森は、朝の散歩には最適の季節です。

 でも、マレは森には行かず、ただ桑の木駅の周辺を何度もぐるぐる回るだけでした。

 体の大きさに反比例して気が小さいマレは、実は森が大の苦手だったのです。

 虹の橋行きの舟から脱走して森に迷い込んだとき、何か怖いことがあったのかもしれないと、駅員さんは案じていました。


 でも、駅員さんの心配に反して、ポストさんの意見は違いました。

「そりゃそうだよ。マレは森の管理人じゃない。桑の木駅の駅長なんだ。毎朝最初に駅の見回りパトロールをするのは当たり前だろ」ポストさんはマレの頭を撫でながら笑います。「マレは責任感が強くて働き者だ。駅長は天職だ」

「責任感はともかく、まあ、勇気はあるんだろうけどね。虹の橋行きの渡し舟から、勝手に逃げ出すなんて大胆なことをするくらいには。人で言えば、銀河鉄道の走行中の列車から外に飛び出すようなものだ」

「逃げ出したんじゃないぞ、駅員さんよ。マレはな、駅員さんが一人で頼りないから見るに見兼ねて仕方なく舟を降りて、桑の木駅に就任してきてくれたんだ。ありがたく思わないと。そうだよな、マレ駅長」

「わん!」

「ほれ、マレもそうだと言っている」

「そうかもしれないな」

「そうかもじゃない。そうなんだ」

 駅員さんは、苦笑いするしかありません。



 ゼンマイ式の振り子時計は、駅舎にも同じものがありました。駅舎の時計も週に一度ネジを巻きます。これも時計を動かす方のネジだけです。

 耳の良いマレが駅舎の外にいても、時打ちの音に反応して吠えるのを防ぐためです。列車の音や警笛や発車ベルは平気なのに、なんとも不思議なことでした。


 駅員さんはよく冗談で「マレ駅長、たまには駅長も時計のネジを巻いてくださいよ。桑の木駅では駅長の仕事ですよ」と揶揄からかいました。

 するとマレは「犬は時計のネジを巻くことも時計の針を正確な位置に調整することもできないからね。それは、やっぱり部下の人間の仕事だよ」とでも言うように「わんわん」と答えました。



 宿舎の振り子時計も駅舎の振り子時計も、駅が出来たときに宿舎と駅舎の壁に掛けられて、ずっとそのまま同じ場所で時を刻み続けてきました。

 今では宿舎の振り子時計は一週間に三分遅れ、駅舎の振り子時計は三分進むようになっています。両方足して二で割ればちょうどいいのですが、そうもいきません。

 それでも、駅員さんはふたつの振り子時計を修理に出す気は毛頭ありませんでした。たとえ修理のためとはいえ、振り子時計の時間を止めたくはなかったのです。これも駅員さんの性格なのでしょう。

 宿舎に目覚まし時計があるように、駅舎には最新式の時計がありました。列車の運行に関しては、もっぱらそちらが頼りでした。



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