【第13話 魔力鉱脈と赤き番犬】
ヴァルム火口の結界を越えた先に広がっていたのは、赤く脈動する岩盤に覆われた地下空洞だった。蒸気が静かに立ち上る空間の中を、ゴブたちは慎重に進んでいた。
「見ろ、あれ……壁面の鉱石が光っておる」
ゴブが指差した先には、真紅の鉱石が規則的に連なり、まるで脈のように洞窟の内壁を走っていた。その光は一定のリズムで脈動しており、まるで生き物の鼓動のようだった。
「魔力鉱脈……でも、これは明らかに異常ね。自然の流れじゃない」
ミレイの声は震えていた。彼女は地に膝をつき、岩肌に手を当てると、僅かに魔力を流し込む。
その瞬間――
洞窟の奥から低く、獣の唸り声のような音が響いた。
「な、何の音……?」
シンが後ずさる。空気が一変した。熱気が濃密に凝縮され、鉱脈の中心部が大きく膨らみ、真紅の光が弾けた。
そして、そこから現れたのは、獣のような姿をした巨大な影だった。
鋼のように赤黒く硬質な体毛、燃えるような瞳、そして額には紋章のような文様が輝いている。
「……“赤き番犬”」
ミレイが絞り出すように呟いた。
番犬は咆哮するでもなく、沈黙のまま三人を見つめていた。そして、その瞳がゴブに向けられた。
『従魔か……否、異質な魂を感じる』
声なき声が、直接三人の意識に響いた。シンが思わず一歩下がる。
『主たる者よ、命運を示せ。我が審判は、汝らの絆に価値を見るか否かを問う』
「し、審判って……えっと、戦わなくてもいいんですよね?」
シンが戸惑いながら訊ねた。しかし番犬は答えず、ただじっとシンを見据えていた。
「……吾輩らは、恐れから進むわけではない。未知を選ぶ意志を持っておる」
ゴブが一歩前に出て、シンを庇うように立つ。
「吾輩たちは、それぞれに弱きところもあろう。しかし、だからこそ支え合えるのだ。絆とは、欠けたる者同士が繋がることなのである」
シンはゴブの言葉を受けて、深く息を吸った。
「俺たちは旅をしながら、お互いのことを知って……時には助けられて、笑って、怒って、泣いて……それでも一緒にいるって決めた。だから……信じてほしい」
番犬の瞳に、僅かな揺らぎが走ったように見えた。
『ならば、絆を証明せよ。試練は、ただの力比べにあらず。他者のために魔を用い、その意を繋げ――“守護の環”を成せ』
番犬の目が淡く光を放つと、足元の魔力鉱脈が脈動を増した。空間全体が共鳴するように震え、洞窟の奥から三つの光球がゆっくりと浮かび上がる。
『汝らの想いを、他者に繋げ。光を循環させよ――それが“守護の環”の本質』
三つの光球はそれぞれ、ゴブ、シン、ミレイの前で停止した。
「これって……互いに、魔力を送るってことか?」
シンが戸惑いながら光を見つめる。
「そうだと思う。でも、ただの転送じゃない。相手のために“どう使ってほしいか”を明確に思い描かなきゃ」
ミレイが静かに言い、目を閉じた。
ゴブは、自分の前にある光球に手をかざした。
「ゴブは……ミレイの魔力制御の助けとなるよう、冷静と集中を与えたい」
その言葉に応えるように、光球が青白く発光し、ミレイの前へと移動した。
続いてミレイは、そっとシンに視線を向ける。
「私は……シンが怖がらずに、自分の力を信じられるように、安心と勇気を送るわ」
彼女の光球もまた温かい橙色の輝きとなり、シンへと渡る。
最後にシンは、ゆっくりとゴブを見た。
「……俺は、ゴブに、もっと広い世界を見てほしい。新しい景色、出会い、未来。だから、想像力と希望を」
その瞬間、三つの光が空中で交差し、輪を描くように回転し始めた。
光の環が完成すると、番犬が再び姿を現した。
『意を繋ぎ、輪を成した。汝らの絆、確かに受け取った。我が瞳が見たのは、ただの魔力ではない。意志の交わり――それが真の守護である』
番犬は静かに頭を垂れた。
『この先へ進むがよい。汝らの歩みが、かの者らの記憶の先に至らんことを願う』
洞窟の奥にある岩盤が音もなく割れ、新たな通路が姿を現す。直前まであった熱と重圧が、ゆるやかに退いていく。
ゴブたちはゆっくりと歩を進める。その背後で、番犬が静かに見送っていた。
洞窟を出る直前、ゴブが一度だけ振り返る。
「……感謝するのだ、番犬よ。爺の旅路の続きを、ゴブたちが紡ぐのだ」
その言葉に応じるように、番犬は微かに頷いたように見えた。
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