【第12話 火口の門と試練の影】

【第12話 火口の門と試練の影】


 ヴァルム火口の麓にたどり着いた三人は、ただならぬ雰囲気に足を止めた。


 熱風が絶えず吹き抜け、空気は重く、肌にまとわりつくような濃密な魔力が渦巻いていた。


 「この感じ……ただの火山じゃないわ」ミレイが眉をひそめる。


 「うむ。魔力が、まるで意思を持っているようなのだ」ゴブも頷いた。


 その視線の先に、黒曜石でできた門があった。自然物とは思えないほど幾何学的な文様が刻まれており、門の中心には青白く揺れる結界が浮かんでいた。


 「ここが……“火口の門”か」シンが息を呑んだ。


 門の前に立つと、結界が微かに波打ち、低く軋むような音が響いた。


 次の瞬間、ゴブの意識が暗転した。


 気づけば、ゴブは風も音も失われた白霧の中に立っていた。


 遠くで風鈴のような音がかすかに響き、足元の感覚が頼りなく揺れる。視界の端で誰かの影がすり抜けていくような錯覚に襲われ、胸の奥がざわついた。


 「……爺?」


 霧の奥から、ひとりのエルダーゴブリンが歩いてきた。


 それは紛れもなく、彼の“爺”だった。


 だが、その目は冷たく、どこかよそよそしい。


 「お前は……ただの後追いではないか」


 爺の言葉は鋭く、心の奥を突いた。


 「知識をなぞり、過去を真似、足跡に縋って……それが、お前の旅か?」


 ゴブは拳を握った。


 「違うのだ。確かにゴブは爺を追って旅を始めた。しかし、今は違うのだ。シンやミレイと出会い、自らの目で見て、考え、選んできたのだ」


 ゴブの声が、霧の中に響いた。


 「ゴブは、爺の旅を終わらせに来たのではない。この世界で、自らの物語を歩むために来たのだ」


 その言葉と共に、霧が風に吸い込まれるように散り、冷たく乾いた空気が頬を撫でた。


 爺の姿が消えたあと、ゴブの手には一枚の黒い羽根が残されていた。それは爺が昔、旅立ちの時に残していった“証”と同じものであった。


 門の前でゴブが意識を取り戻したとき、シンとミレイはそれぞれ結界の前で立ち尽くしていた。


 シンの目は虚空を見つめ、額には冷や汗が浮かんでいる。微かに唇が動いていたが、彼の意識はまだ“内側”にあった。


 「大丈夫か、シン……?」ゴブが声をかけようとしたとき、彼のまぶたが震え、ゆっくりと開いた。


 「……見たんだ。炎に包まれた世界。誰もいないのに、誰かの記憶だけが燃えていて……でも、それがどこか、懐かしくてさ」


 シンの声は震えていたが、言葉には確かさがあった。


 「その中に、俺の想像が入り込んでいくのが分かった。これが“知の者”の力……なんだな」


 彼の瞳が、炎の奥を見つめていた。


 一方、ミレイは手を強く握りしめ、歯を食いしばっていた。結界から吹き出す魔力の奔流に押され、膝をつきかけていた。


 「やっぱり……私には、制御できない……」


 弱音ともつかぬ呟きを受け止めたのは、ゴブだった。


 「そんなことはないのだ。ミレイは今まで何度も、己の力と向き合ってきたのだ? だからこそ、ここまで来られたのだ」


 ミレイは目を見開き、ゴブの言葉に力を得るように立ち上がった。


 「ありがとう、ゴブ。……私は、信じてみる。自分の中にある、まだ知らない自分を」


 静かに、ミレイの周囲の空気が穏やかになり、結界が波紋のように揺れた。


 そして三人が門の前に並ぶと、結界が青白い閃光を放ち、風が一瞬逆巻いた。低い音が地の底から響き、次の瞬間、結界は光の粒となって四散した。


 その先には、真紅の岩肌が内側から淡く脈打ち、壁面には溶岩のような紋様が走っていた。蒸気が音もなく漂い、奥からは獣のような息遣いが微かに聞こえてくる。


 「これが、爺の見た光景……それとも、その先か」


 ゴブの呟きに、シンとミレイがそれぞれ静かに頷いた。


 三人は一歩ずつ、未知の領域へと足を踏み入れていった。


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