【第11話 魔炎の呼び声、導かれし者たち】



 ヴァルム火口へ続く山道は、かつて栄えた小さな集落の跡を貫いていた。


 崩れかけた石塀、焦げ付いた井戸の縁、土に埋もれたまま風化した木彫りの看板。


 ミレイが静かに言う。


「ここ……昔、火竜が暴れたときの跡かも。魔力の流れが……歪んでる」


 ゴブは立ち止まり、赤黒く染まった地面に膝をつく。


「爺が話してくれた村……多分、ここなのだ」


 記憶の中の爺の声が、ふと蘇る。


『あの村は、炎に飲まれた後も、土だけは力を持っていた。だから、薬草が最後まで枯れなかった』


 その言葉を思い出し、ゴブは足元の草むらを探る。小さな白い花がひっそりと咲いていた。


「これ……《炎裂草》。治癒にも解毒にも効くのだ」


 ミレイが目を丸くする。


「本当に、残ってたんですね」


 その背後でシンがあくびをかみ殺す。


「けど、この辺り……やけに静かすぎない?」


 風が吹き抜けても、鳥の声すらしない。


 夕暮れが近づき、三人は崩れかけた祠の陰で野営の準備を整えた。


***


 夜。


 シンは、夢を見ていた。


 真紅に染まる空、炎に包まれた木々、焼け爛れた大地。


 その中心に立つ、黒き影。


「……来い」


 低く、乾いた声が、まるで胸の奥に直接響くように響いた。


「知の者よ。我を見よ。我を、知れ」


 シンが振り返ると、赤い瞳がこちらをじっと見つめていた。


 目が合った瞬間、炎がうねり、世界が崩れ落ちた。


 はっと目を覚ますと、額に冷たい汗が滲んでいた。


「……夢か……」


***


 朝、焚き火の余韻を囲みながら、シンがぼやくように言った。


「なんか変な夢見たよ。火の中で、誰かに呼ばれた感じ。『知の者よ』って。……なんだそりゃ、だよな」


 ミレイは少し黙ってから、真剣な声で言った。


「その言葉、聞き覚えがあります。古い文献の中に……特別な知識を持つ者への呼びかけとして」


 ゴブも頷く。


「爺も昔、似たことを言ってたのだ。“知に選ばれし者は、火の中に誘われる”……と」


 三人の間に、静かな緊張が広がった。


 それはただの夢ではない。


 ――火の魔物が、彼らを誘っている。


***


 正午を過ぎた頃、三人は山道の中腹にある開けた丘にたどり着いた。


 そこは一面、黒く焦げた岩肌と、ねじれた木々に囲まれていた。


 すると、その岩陰から、一人の人物が現れた。


 全身を薄灰色のローブで包み、フードを深くかぶっている。


「……あの爺の杖。まだ、持っているのか」


 その低くしわがれた声に、ゴブの目が見開かれる。


「な、なぜ爺のことを……!」


 男は微笑すら浮かべず、ゆっくりと歩み寄る。


「ワシは、あの男と一度だけ旅をした。ヴァルム火口を越える、無謀な挑戦の最中にな」


 彼はローブの内側から、一冊の薄い革表紙の手帳を取り出した。


「これは、あの時の続きを記したものだ。お前の“爺”が、書かせたのだよ」


 ゴブは思わず手を伸ばしかけたが、男はそれをすっと引いた。


「火口の最奥で、答えは見つかる。ただし……お前たちが“選ばれし者”ならば、な」


 そして、次の瞬間には、男の姿は炎のように揺らぎ、かき消えた。


 静寂。


 風の音さえ、消えたようだった。


「……幻? でも、気配は確かに……」


 ミレイの声に、ゴブもただ黙ってうなずいた。


「爺の過去は、まだ終わってないのだ」


***


 その夜、空が赤く染まり始めた。


 ヴァルム火口から、黒煙がゆっくりと立ち上っている。


 微かに地面が震え、岩肌の隙間から熱気が滲み出ていた。


 ミレイが風の流れを読むように呟く。


「火山が……目覚め始めてる」


 シンが額に汗を滲ませながらも、気丈に笑った。


「来いって、言われてる気がするな」


 ゴブは拳を握った。


「うむ。ならば行くのだ。あの火の中に……答えがあるのだ」

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