【第10話 火の痕と、爺の名残】

朝霧がまだ森を包む頃、ゴブは焼け跡の端で立ち止まった。


「……これは、爺の杖なのだ」


黒く焦げてねじれた木片。頭に巻き付けてあった小さな皮袋の留め紐には、見覚えのある手彫りの文様があった。かつて、爺が暇つぶしに彫っていた、どこか不格好な三日月の模様だった。


ゴブはそっとその皮袋を撫でた。


「よく、これで薬草を分けてもらったのだ……」


その手元に、焦げた革の束が転がっていた。ミレイが駆け寄り、手のひらにそっと載せる。


「これは……文字? でも、消えかけてる……」


彼女は指をすっとなぞり、補助魔法を詠唱する。革の表面に、かすれた文字が浮かび上がった。


『第三月の五日、この地にて仲間ひとりを失う。獣は、倒しきれず、炎を残し去った。

それでも、勇者は歩みを止めなかった。』


ミレイが読み上げる声に、空気がひとつ、震える。


「……この手記、爺がよく読んでたのと、似てるのだ」


ゴブの声は震えていた。あの日、囲炉裏の前で見せてくれた記録。そこには、まだ名前すら知らない“仲間”の名が書かれていたはずだった。


調査隊が集まり、発見された遺物を慎重に扱いながら検討を重ねる。


「これだけの痕跡があるとなれば、もはや下級任務では扱えん。上に正式な報告を上げ、本隊の派遣を求める」


隊長の言葉に隊員たちが頷く。


「我々はここで一旦引き上げる。お前たちは……どうする?」


ゴブが静かに言った。


「俺たちは、まだ旅を続けるのだ。これは、爺の旅の続きを辿る道でもあるからなのだ」


シンが肩をすくめて笑った。


「ま、ここまで来たら途中下車なんてできないしな」


ミレイはそっと、手記の切れ端を胸元にしまいながら言った。


「私……もっと、このことを知りたいです。火を吐く魔物も、あなたの爺さんのことも」


隊長が静かに、だが確かに頭を下げた。


「お前たちの働きは、本物だった。礼を言う」


赤毛の隊員が、無言でゴブに手を差し出す。ゴブは戸惑いつつも、その手を握り返した。


「……じゃあな、ちっこい導き手さん」


握られた手の温もりが、ゴブの胸に残った。


三人は森の道を歩いていた。霧が晴れ、朝日が木々の隙間から射し込む。


「これから、どこへ行くのだ?」


ゴブの問いに、シンが笑いながら答えた。


「決まってるだろ。爺がかつて目指したという、“ヴァルム火口”だよ」


ミレイがうなずき、小さく言った。


「きっと、それが未来にもつながっているから」


ゴブは空を仰いで、小さく拳を握った。


「うむ。爺の旅の続きを、今度は、俺たちが行くのだ」

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