【第9話 焦げ跡の記憶、火を喰らう者の痕跡】
東の斜面を登った先に、異様な光景が広がっていた。
草木が焼き払われ、地表は黒く焦げてひび割れ、土そのものが炭のように変質している。まるで、大地が火に喰われたかのようだった。
「ここ……前に来たときより、広がってる気がするのだ」
ゴブがぽつりと呟く。
地面には、巨大な爪でえぐったような痕がある。それも一本や二本ではない。四本の並行した筋が、岩肌をも削っていた。
「この傷跡……」
シンがしゃがみ込み、周囲の土を触った。
「ここだけ、熱で膨張して地形が変わってる。普通の火じゃ、こんな風にならない」
調査隊の面々も無言で辺りを見回していた。赤毛の隊員が眉をひそめる。
「なんつーか、災害跡ってより……誰かが暴れたみてぇだな」
ゴブの頭の奥に、焼け焦げた空と、耳をつんざく咆哮がよみがえる。
炎の中を駆ける影。勇者の剣が振り下ろされる。その隣に立つ、若き日のエルダーゴブリン。
「これ以上、近づくなァッ!!」
悲鳴、轟音、火花と血飛沫。
誰かの叫び声と共に、視界が白く染まった。
ゴブは息を呑んで、目を見開く。
「……爺。あの時、ここで……」
まだすべては思い出せない。それでも、何かが繋がりかけていた。
調査隊の隊長が歩み寄ってくる。
「この異常な焦げ跡と爪痕、そして地熱変形。貴重な情報だ。お前たちの観察と報告がなければ、見落としていた」
それは、初めての明確な“称賛”だった。
赤毛の隊員がぼそりと呟く。
「お前ら……すげぇな」
ミレイが小さく笑い、ゴブの袖を引いた。
「ゴブさん、少しずつ、見えてきましたね」
ゴブはゆっくりとうなずく。
「爺の見た景色に、少し、近づけた気がするのだ」
その背後で、隊の別の隊員が呟いた。
「この地形、本部に報告したほうがいいな。……普通じゃねぇ」
その夜。
ゴブは眠れず、焚き火のそばで星空を見上げていた。風がぴたりと止み、空気がどこか重くなる。
「……熱い、のだ」
息を殺して周囲を見渡す。森の先、獣道の彼方に――赤く小さな光が一瞬だけ灯った。
それは、ただの気のせいではない。ゴブの全身が本能的に警告を発していた。
消えた光の残像が、胸をざわつかせる。
「……あれは、気のせいじゃない。まだ、あいつは生きているのだ」
目を閉じる間際、ゴブは静かに拳を握った。
「……次は、逃げないのだ」
獣の吐息のような、熱を帯びた夜が、森の奥で静かに息を潜めていた。
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