【第5話 ゴブ、市場で迷う】
任務の報酬を受け取った翌朝、ギルドの受付がふたりに言った。
「今回は十分に働いていただきましたので、今日は休暇をお勧めします」
シンがさっそくゴブを連れ出した。
「せっかくだし、買い物しようぜ。市場、行ってみたかったんだ」
「市場……初めてなのだ」
*
町の市場は活気に満ちていた。香辛料の匂い、揚げ物の音、にぎやかな呼び声。
ゴブは目を丸くして、行き交う人と品々に見入っていた。
「ほらゴブ、あれ見てみ? 焼き芋みたいなやつ、売ってるぞ」
「ゴブ、食べたことないのだ……!」
シンが買ってくれたのは、蜂蜜と香草をまぶした「焼き根菜巻き」。
ゴブが一口かじると、口の中に甘さと香ばしさが広がる。
「んぐ……あつ……でも、おいしいのだ……っ」
そのリアクションに通りすがりの子供が笑った。
「へんな食べ方ー」
「ち、ちがうのだ!」
ゴブが慌てて言い返す頃、ふとシンとはぐれていることに気づいた。
「シン……? シン、どこなのだ……?」
*
人ごみの中、ゴブは心細そうに歩く。そこへ、倒れそうな老婆を見つけて駆け寄った。
「だ、大丈夫なのだ?」
「すまんねえ……目が回って……」
ゴブは近くの店から水を買い、手を添えて老婆を日陰に運ぶ。
「水、飲むのだ。無理、しちゃだめなのだ」
老婆はしばらくして微笑んだ。
「ありがとうよ、親切なゴブリンさんだねぇ……」
その言葉に、ゴブの胸が少しあたたかくなる。
すると今度は、小さな女の子が泣きながら駆けてきた。
「お兄ちゃんがいなくなったのーっ」
ゴブは驚きつつも、しゃがんで目線を合わせた。
「どんな服だった? 一緒に、探すのだ」
目撃情報を集め、果物屋の裏で兄を発見。女の子は無事に家族と再会した。
その一部始終を見ていた一人の女性が、そっとゴブに声をかけた。
「……あなた、とても素敵な方ですね。ゴブさん」
「えっ……? ゴブ、ただ……困ってるの、助けただけなのだ」
女性は紫の三つ編みに落ち着いた瞳をした薬師風の装いで、少しだけ照れたように微笑んだ。
「ミレイ・ローレンシアと申します。薬師の見習いでして……あの、実は私……昔、魔物に命を救われたことがあるんです」
「えっ?」
「あなたを見てると、どこか……そのときのことを思い出して……懐かしいような気がして……」
ミレイは頬に指を添えて、言葉を探すように視線を彷徨わせた。
「よ、よければ……その、今度なにか……お手伝いとか……一緒にできたらいいなって……思ったり、して……。薬草の知識も、たぶんお役に立てると思うんです」
そう言って、ミレイはちょっとだけ赤くなって微笑んだ。
*
ようやくシンと再会したゴブは、焼き魚を手にして文句を言われた。
「ゴブ、おまえどこ行ってたんだよ! 焼き魚食べ損ねたじゃん!」
「でもゴブ、新しい出会いがあったのだ!」
「……はいはい。社交ゴブリンですねぇ」
「また、市場に来たいのだ」
ふたりの笑い声が、市場の雑踏に溶けていった。
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