【第5話 ゴブ、市場で迷う】

任務の報酬を受け取った翌朝、ギルドの受付がふたりに言った。


「今回は十分に働いていただきましたので、今日は休暇をお勧めします」


シンがさっそくゴブを連れ出した。


「せっかくだし、買い物しようぜ。市場、行ってみたかったんだ」


「市場……初めてなのだ」



町の市場は活気に満ちていた。香辛料の匂い、揚げ物の音、にぎやかな呼び声。


ゴブは目を丸くして、行き交う人と品々に見入っていた。


「ほらゴブ、あれ見てみ? 焼き芋みたいなやつ、売ってるぞ」


「ゴブ、食べたことないのだ……!」


シンが買ってくれたのは、蜂蜜と香草をまぶした「焼き根菜巻き」。


ゴブが一口かじると、口の中に甘さと香ばしさが広がる。


「んぐ……あつ……でも、おいしいのだ……っ」


そのリアクションに通りすがりの子供が笑った。


「へんな食べ方ー」


「ち、ちがうのだ!」


ゴブが慌てて言い返す頃、ふとシンとはぐれていることに気づいた。


「シン……? シン、どこなのだ……?」



人ごみの中、ゴブは心細そうに歩く。そこへ、倒れそうな老婆を見つけて駆け寄った。


「だ、大丈夫なのだ?」


「すまんねえ……目が回って……」


ゴブは近くの店から水を買い、手を添えて老婆を日陰に運ぶ。


「水、飲むのだ。無理、しちゃだめなのだ」


老婆はしばらくして微笑んだ。


「ありがとうよ、親切なゴブリンさんだねぇ……」


その言葉に、ゴブの胸が少しあたたかくなる。


すると今度は、小さな女の子が泣きながら駆けてきた。


「お兄ちゃんがいなくなったのーっ」


ゴブは驚きつつも、しゃがんで目線を合わせた。


「どんな服だった? 一緒に、探すのだ」


目撃情報を集め、果物屋の裏で兄を発見。女の子は無事に家族と再会した。


その一部始終を見ていた一人の女性が、そっとゴブに声をかけた。


「……あなた、とても素敵な方ですね。ゴブさん」


「えっ……? ゴブ、ただ……困ってるの、助けただけなのだ」


女性は紫の三つ編みに落ち着いた瞳をした薬師風の装いで、少しだけ照れたように微笑んだ。


「ミレイ・ローレンシアと申します。薬師の見習いでして……あの、実は私……昔、魔物に命を救われたことがあるんです」


「えっ?」


「あなたを見てると、どこか……そのときのことを思い出して……懐かしいような気がして……」


ミレイは頬に指を添えて、言葉を探すように視線を彷徨わせた。


「よ、よければ……その、今度なにか……お手伝いとか……一緒にできたらいいなって……思ったり、して……。薬草の知識も、たぶんお役に立てると思うんです」


そう言って、ミレイはちょっとだけ赤くなって微笑んだ。



ようやくシンと再会したゴブは、焼き魚を手にして文句を言われた。


「ゴブ、おまえどこ行ってたんだよ! 焼き魚食べ損ねたじゃん!」


「でもゴブ、新しい出会いがあったのだ!」


「……はいはい。社交ゴブリンですねぇ」


「また、市場に来たいのだ」


ふたりの笑い声が、市場の雑踏に溶けていった。

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