第5話 勇者の父

 俺はゴブリン。しかしそこら辺にいる普通のゴブリンとは違う。元人間だ。俺は異世界から転生してこの世界にやってきた。


 異世界転生。その言葉に夢を見る人は多いだろう。しかし、実際には自分のなりたいものになれる人は少ない。座れる席の数は決まっているのだ。俺だって昔は「異世界転生スゲ~ ファンタジーの世界だ~!」なーんて、ハシャいでいたこともあった。けれど夢は冷めた。背は小さいし腕も短い。剣を持つ筋力すらない。人語を話せば同類からは蔑まれ、人間には命を狙われる。ゴブリンとしても人間としても半端者の俺は生きる場所がない。ゴブリンだから一人で食料を確保することもできない。どうしようもなく、俺はゴブリンの集落を転々としながら生きていた。


 俺はちゃんとで生きていこうと思った。穴なら全て犯す連中の思想にはどうにも適用できないし、居心地が悪い。強くなろうと思った。俺は勇者にはなれない。誰もが皆あこがれるヒーローにはなれない。けれど、自分の周りの連中くらいは守れるようになっておきたい。


 そんなあるとき、山で火事があった。気になって行ってみると何やら研究所らしきところだった。中には人もいるようだ。


 人間の小さな子供を見つけた。俺はその子を見て、親近感を覚えた。痩せこけているし顔色も悪い。あと髪もボサボサだし、チビだし。その子は俺に似ていた。その決断に迷いはなかった。


 非力な俺には人一人を育てるのも大変だった。食べれるものも限られているし、森の中には危険がたくさん。だがなぜか、その子がいれば苦しいはずの毎日が楽しく感じるようになった。救われた気がした。


 違和感があった。成長するその子の言動の節々に引っかかる点が何個かあった。そのうちの一つは態度が大人びていること。一度俺がスープをひっくり返したことがあったのだが熱いスープがかかった、にもかかわらず、ぐずりもしなかった。もう一つは名詞を教えればすぐに物を覚えるし、しゃべりだすのも早かった。俺は確信した。この子は――だと。


 子供から青年へと成長するにつれて息子はイケメンになった。『息子』というように俺たちは親子のような感じになった。俺も父さんと呼ばれている。俺は息子に何度も言い聞かせていることがある。「山から出るなよ」と。息子は言う「わかったよ。父さん」「災厄が復活してからわずかだ。しばらくたつまでは必ず出るんじゃないぞ」


 息子は約束を破った。日が暮れても帰ってこなかった。俺は山の中をくまなく探した。息子は見当たらなかった。だから俺は山から出て、息子を血眼になって探した。俺はふと、昔の研究所を思い出した。


 その研究所につくと、そこはまた燃えていた。しかも中から女性と息子の声が聞こえる。爆発音があたりに響いていた。瓦礫の山をかき分けて、何とか息子の元へたどり着いた。息子とダークエルフの女性は自分たちを拉致した研究員を撃ち殺し、負傷していた。「ああ……あぁああ!」息子の右手と左足は機械に改造されていた。俺は息子を担ぎながら泣いた。


 息子に帰らなかったわけを聞いた。倒れていた見知った女性が倒れていたこと、その女性を直すために薬が必要だったこと、研究所にその薬があったこと、つかまって人体実験を施されたこと、同じ独房に居た女性と協力して研究員を打ち負かしたこと。そのあとは俺が来て……という感じらしい。それから息子は変わった。俺の元を離れて研究所に居た女性と町へ行くようになった。クロという衰弱した人間は俺のところにおいて、殆ど目を覚まさない。


 息子はいろんな仲間と行動を共にしていた。息子は災厄を打ち滅ぼすという使命を背負っていることを知った。多少のうらやましさはあった。勇者とか使命だとか、そういうものに俺はあこがれていたから。でも俺は息子が一番大変なことを知っていた。


 数年後。俺は決戦の時、元気になったクロともに戦場へ赴いた。


 息子は致命傷を負い、今にも倒れそうだった。俺は息子への攻撃をかばった。「父さん!」息子は申し訳ないような、今にも泣きだしそうな、そんな顔をしてぽつりまたポツリと話した。「父さん。実は俺、この世界の住民じゃないんだ」俺はポカーンとした顔を浮かべた後、少し笑いながら言った。「どんだけ長く一緒に居たと思ってんだ」俺は前世の人間の言葉で呟いた「知ってたよ」


 たぶん、人生の中で守れるものの数は決まってて、手のひらに収まる水の量は限られてる。常人は自分の手の届く範囲しか守ることができない。今になって理解した。俺はこの子を守るために居たんだと。


 俺はろくに注目もされなければ、スターにもなれない。ヒーローには……主人公にはなれない。けれど、人は助けられる。せいぜい手の届く半径一メートルくらいは。家族を守る。ただそれだけ。それだけできっと、十分なのだ。

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