第3話 鉄の翼

 僕は神樹大陸のフェザーリオンという鳥族の都で生まれた。その上で暮らす、鷲系統の鳥人だ。この世界では鳥人というのは飛べて当たり前。けれど僕の左翼は生まれつき異様に小さい。左翼には羽毛だって生えてない。僕は鳥人でありながら空を飛ぶことができなかった。色のない世界だった。


「なぁ~ コイツ空飛べないんだってー」

「鳥族なのに空飛べないの? ニワトリじゃん ヤッホーニワトリ君」

「ニワトリだって 頑張れば飛べるかもしれないじゃないですか」

「いーや 飛べないね ニワトリは飛べないし サカナは歩けないだろう?生まれた瞬間から、絶対に調和できない壁が存在しているんだよ。羽がないのに空を飛ぶ? はっ!笑わせてくれるよ」

「ぺっ」と唾を吐いて、三人はそこを立ち去った。


 置かれた場所で咲きなさい。そんな言葉を聞いたことがある。どんな環境や状況にあっても、自分らしく前向きに生き、自分の役割や花を咲かせようという意味だ。僕は悲しくなった。僕は空を飛べない場所に置かれた、そんな気持ちになった。どうしようもないなって思った。翼がなければ空は飛べない。当たり前の事実だ。でもっでもっ!


 僕は家であおむけになりながら、目を腕で抑えながら思考をめぐらす。全身の羽毛を毟る。ところどころの羽毛がはげ、ベッドの上に散らばる。僕は人知れず泣いた。自分の無力感に打ちのめされながら。

 次の日。


「お母さん……どうして僕は羽が小さいの?僕は空を飛べないの?」

「それ、誰かに言われたの?」

「……」

「なるほどね……」


 母は僕の両肩に手を置いた。そして、言った。


「何かをするのを無理だなんて、誰にも言わせちゃダメよ。

 夢があるなら、その夢を守りなさい。」

「……」

「翼を持たずに生まれてきたのなら、翼を生やすためにどんな障害も乗り越えなさい。たった一度の人生。『常識的な一般人』として周りの目を気にする必要なんて、微塵もないのよ?ほしいものは自分自身の手でつかみなさい。何としてでも」

「……」

「はぁ 仕方ないわね。見せたいものがあるから、少しついてきなさい」


 母が連れてきた先、そこは荒々しい風が吹き荒れる、断崖絶壁。そこで母は「飛び立つのにはここが最適」などとつぶやきながら、その場に立ち止まった。断崖絶壁の崖に立つと、強い風が僕の羽毛の隙間を通り抜けた。冷たく、けれど不思議と心地よい感覚だった。母は背中を僕に向け、そっと手招きをする。


「さあ、乗りなさい。今日は特別よ」

「え……お母さん、それは……」

「あなたに見せてあげたいの。空からの景色を。あなたがどれほど広い世界で生きているのかをね」


 母の背中にそっと乗ると、ふわりとした羽毛の感触と母の温かさが伝わってきた。母は僕をしっかりと支えると、崖から大きく羽ばたき、大空へと舞い上がった。高度を上げ続け、地を超え、山を越え……。空は広く、青く、無限だった。地上では感じられない風が頬を撫で、心臓の鼓動が早まる。


「どう? この世界を見て、どう感じる?」

「……すごい 僕、こんなに広いなんて知らなかった」


 目の前に広がる大地、遠くに見える山々、そして雲の間に煌めく太陽。すべてが新鮮で、今までの自分がいかに狭い世界に囚われていたかを痛感した。母は静かに言葉を紡いだ。


「あなたの翼がどんなに小さくても、空はこうして広がっているの。あなたが飛びたいと願うなら、方法はきっと見つかる。何も、今すぐ飛べなくてもいいのよ。将来、あなたならもっと高くまで飛べるはず」

「……僕も、飛びたい。自分の力で」


 その言葉が、自分でも驚くほど自然に口をついて出た。地上に戻ると、僕は決意を固めた。


「お母さん、僕……頑張るよ。空を飛べるように。」

「それでいいわ。あなたの夢を守りなさい。母さんも応援してる」


 母は八重歯をキラっとさせ さらに、グッジョブのポーズをして、微笑み、僕の頭にそっと手を置いて、最後に、頭をワシャワシャした。


 僕は空を飛びたい。そのために、飛行機を作る。いつの間にか、色のない世界には、鮮やかな色がついていた。


 飛行機を作るのには材料が必要だ。ということで、僕は海へ来ていた。漂着物を探しに。


波打ち際に、一つの樽が転がっていた。なにやら美味しそうな匂いがする。どうやら保存食らしい。弁当を奪われたばかりの僕には、ちょうどよかった。


「何が入っているんだろう……?」


樽に手を伸ばしかけた瞬間、中から何かが飛び出してきた。


「うわ〜、よく寝た!」


「へぶしっ!」


体に何かがぶつかり、そのまま後ろに倒れ込む。目を開けると、そこには小柄な黒髪の少年が立っていた。耳が少しだけとんがっている。


(こ、子どもか?)


少年は不思議そうにあたりを見回し、首を傾げてから、まっすぐ僕を見つめてきた。


「誰だ? あんた?」


こっちのセリフだ。思わず心の中でツッコむ。少年はそのまま瞼を閉じ、ふわっとあくびをした。


「ふぁあ……お休み」


「二度寝!?」


「あ? ……おはよう? オイラの名前はドリフ・ライト。いつか宇宙までその名を轟かせる発明王になる男!! アッハッハ!」


妙にテンションの高い少年に少し戸惑いながらも、僕は名乗る。


「こんにちは。僕はウィズアウト。よろしく」


「ああ、よろしくな!」


少しの沈黙のあと、ドリフがじっと僕を見つめてきた。


「ところでよ、思ったんだけど。なんでウィズは片翼が小さいんだ? あと、その変な歯車はなんだ?」


「えっと……答えづらいな。なんとなくわかるだろ?」


「いや、わからん。教えてくれ」


「そうだな。片翼が小さいのは、生まれつきで……この歯車は今作ろうと思ってる機械に使うんだ。空を飛びたいんだ。僕は飛べないから……」


「その機械ってなんだ?」


「ずかずか聞いてくるんだな」


「何言ってんだおめー。この世界で一番大切なのは、疑問を持ち続けることだろ? で、その歯車はなんなんだ?」


「これは、『空を飛行する機械』の部品だ」


「空? そこになんかおもろいモンでもあんのか?」


「ないよ。何一つない」


「じゃあ、なんで行くんだ?」


「それは、この世界を見下ろしたいからだね。燃える水。天にまで届く大地。この美しい世界を」


「……考えたことないな」


「それじゃあ、あの鳥を見てよ。あれを見て、何か思うことはないかね?」


「飛んでるな〜って思うな」


「ふふふ。それなら、ドリフも鳥のように自由に空を飛びたいと、そうは思わない?」


しばらく黙っていたドリフが、ふいに口を開いた。


「なぁ」

「なに」

「オイラも連れてってくれ」


ドリフは、さっきまでの軽薄な態度が嘘だったかのように、真剣な表情で作業に打ち込み始めた。目の前の部品を手に取り、何かをひたすら組み立てている。


その集中ぶりに、僕はつい口を開いた。


「なぁ、ドリフって……発明中とそれ以外で、人格変わるんだね」


「おう、メイドのやろーにもよく言われるよ」


手を止めることなく、ドリフが返してくる。


「確かに普段のオイラは質問ばっかりだ。でも、いざ発明とか何かに集中すると、それ以外が入ってこなくなるんだよ。オンとオフしかねーのさ」


「それって、極端だな。なんでなんだ?」


「アッハッハ、おめーな。オイラは頭すっからかんだからよ、何も考えてねーよ。でもまあ、その分夢を詰め込めるんだが……」


ふと笑みを浮かべて、ドリフは言った。


「そりゃ、たぶん――オイラが発明を好きだからだろう!」


その言葉が、まるで胸を張って世界に叫んでいるかのようで、僕は思わずつぶやいた。


「かっこいいな」


「だろ? 惚れるなよ?」


「惚れねーよ」


 ――かくして、ドリフはこの地に漂流してきたのだった。



 数日後。

「星。キレイだな」

「そうだね」


 僕とドリフがきれいな夜空を眺めているのには深ーいわけがある。

 決してホモホモしているわけではない。

 ことの発端は今朝までさかのぼる


「今日、レハー彗星があるらしいよ」

 母がそういったのは、風に秋の香りが含まれ始めたある日のこと。

 心地の良い枝の上で涼んでいたころのことだった。

 レハー彗星。ハレー彗星と名前が似ているが、

 確か50年を周期にここへやってくる彗星のハズだ。


「どうして急にそんなことを?」

「だって、最近お友達ができたんでしょ?

 せっかくだから、その子も誘っていって来たらどう?

 母直伝、絶景スポットを教えてあげる」



「――というわけで、流星群を身に行かない?」

「流星群……」

「ん?」

「どうかしたか?」

「え? いや、別に?」


 きょとんとドリフは目を丸くして見つめてきた。

 少し子供っぽい表情と言い換えることもできるが、

 たぶんそれを言うとドリフは怒るだろう。だから言わない。


「いいな

 なんだかよくわかんないけど

 オイラも行く!」


 かくして、僕らは星を見に来たのだった。


「「わぁあ」」


 二人で歓喜の声を漏らした。

 僕たちは空に輝く宝石を見つめていた。


「今日は月がきれいだな」


 やだもう

 ドリフったら、こんなところで大胆に告白ですか?

 まぁ、この世界じゃそういう意味はないって知ってるけど。


「星もきれいだよ」


「なぁ、どうして星って光るんだろうな

 あんな遠くにあるのに、はっきり見えて不思議じゃん」

「う~ん そういえば星は人の魂だとか夢なんじゃないかって話があるけど」

「そうか、だから星は光るのか」


 空を眺めるドリフの横顔も星のようにパァッと輝いていた。

 そんなドリフも「あ」と声を漏らす。


「見てよ

 星が降ってくる

 流れ星かな?」

「マジか!

 星って落ちてくるのか?

 初めて知った

 ……落ちてくるってことは

 星って持てるのか?」


 僕は奇想天外なその質問にキョトンとしながら

「アハハ」と笑いで相槌を打つ。


「面白いね

 確かに、星が手に持てるくらい小さかったら

 持てるかもね

 星に願ってみれば?」

「星に願う?」

「そう

 星が流れている間に三回願い事を唱えると願いが叶うっていう言い伝えがあるんだ」

「聞いたことないな」

「僕の住んでた地域の話さ」

「そうか」

「星を持ちたい 星を持ちたい 星を持ちたい これで願いが叶うってことか?」

「まぁ迷信だけどね。本当に願いが叶うとは僕も思ってないよ」


 僕は小さな声で「空を飛びたい」と。三回、呟いた。


そんな風にして、星を見ながら語らい、願って、夜は静かに更けていった。気づけば二人ともそのまま眠ってしまっていた。


ちなみに翌朝。家に帰った僕――ウィズアウトの頭には、母のきっつーい拳骨が炸裂したという一幕もあったが、それはまぁ、捨て置こう。



 ある人の話を小耳にはさんだ。『魔法ジジイ』という老人の話だ。なんでも魔術に詳しいらしい。僕らの飛行機にその技術を使えるかどうか。最近飛行機づくりに行き詰っていた僕たちはそんな老人の門をたたいていた。


「なぁ、ウィズ? 本当にこんなところに人が住んでるのか?」


ドリフが眉をひそめながら辺りを見回す。深く茂る森の中、木々はうねるように枝を伸ばし、薄暗い道は誰かの気配すら感じさせない。


「いるらしい」


「マジかよ」


ドリフはまるで自分を重ねるかのように、目を丸くして言った。僕たちが今向かっているのは、“魔法ジジイ”と呼ばれる変人の家。森の奥地にぽつんとあるという、不思議な噂の主だ。


「きっと、こんなところに住んでるってことは、相当な変わり者なんだろうな……」


そう呟いて、僕たちはさらに奥へと足を踏み入れた。


森の深部――

ツタに覆われ、苔むした一軒家がぽつんと立っていた。だが、そこに人の気配はない。


「……もぬけの空か?」


「ごめんくださーい」


玄関先で声をかけてみる。返事はない。やっぱり、留守か……。


――そのときだった。


「なんじゃおぬしらはァッ!!」


突然、背後から大音量の怒声が響き、僕たちはビクゥッと飛び跳ねるように振り返った。


そこにいたのは、地面まで届くような長い白髭の老人。まるで森と同化したような風貌で、着ているものは草や木の皮を編み込んだような服。目は鋭いが、その奥には不思議と好奇心の光が宿っていた。


「す、すみません! 突然お邪魔して……」


僕が慌てて頭を下げると、老人は杖を突きながらゆっくりとこちらに歩いてくる。


「ここに何の用じゃ? わしは忙しいんじゃぞ!」


ドリフが一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。


「魔法ジジイ、あなたに協力してほしくて来たんだ」


その言葉に、老人は一瞬だけ目を細め、大きく鼻を鳴らした。


「ほぉ……ただの迷子ではないというわけか。何を協力してほしいか、言ってみい」


僕とドリフは目を合わせた。ここに来た目的――それをどう伝えるか迷ったけれど、正直に話すことに決めた。


「僕たちは……飛行機を作ってるんです。でも、そのためには魔術の知識が必要で。あなたがこのフェザーリオンで一番の賢者だと聞いて、助けを求めに来ました」


老人は眉をひそめ、考えるように杖で地面をコツコツ叩いた。


「飛行機……空を飛ぶというのか?」


「はい!」


「馬鹿な。そんなことは不可能じゃ」


その言葉に、僕の胸は締め付けられる。でも、食い下がるわけにはいかない。


「でも、どうしても空を飛びたいんです!」


ドリフも力強く頷いた。その姿を見て、老人の口元にふっと笑みが浮かぶ。


「ふむ……おぬしら、ただの技術屋ではないな。空を飛ぶなどという発想、普通は出ぬ。ましてや、魔術を応用しようなどと……」


杖をトントンと叩きながら、老人はにやりと笑った。


「よかろう。協力してやってもいい。ただし、条件がある」


「条件……?」


僕とドリフは身を乗り出す。


「わしもそいつに乗せてくれんかのう」




 一年後。度重なる実験と調整によって。飛行機が完成した。 現実を見ると、この世は思い通りにならないことでいっぱいなんだ。長い間生きていると、痛みと苦しみ、虚無感で満たされていることに気づく。だから頑張るしかないんだよ。


 空に歌っても……どれだけ思っても足りない。心はずっと、ギュッと縮こまって息をひそめている。


 試して、試して、試して。気づけば今日が終わってる。そんなことなんてのは日課で。只々試し続けた。


 空を飛びたかった。皆を見下したかった。でもなぜか、皆に追いつきたくもあった。独りは寂しかった。でも、ここは僕の居場所じゃなかった。だから――


「僕は飛ぶ」


 頑張った。全ての準備が整った。準備満タン。母が空を見せてくれた、あの丘で僕らは飛び立つ。


「あの水平線の向こう側には

 何があるんだろう……

 行けばわかるんだろうか」


 確固たる決意をもって、さあ、翼を広げよう。大いなる世界がそこで待っている。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


 その鉄の翼は風をがっしりと掴み、機体を上昇させる。機体は高度を上げ続ける。地を超え、山を越え、雲を超えて……その頂きへと達する。肌でそれを感じつつ、僕は立ち上がる。


「ちょ

 ウィズ

 アブねーぞ?」


 僕は身を乗り出し、両手を広げ、その大空をこの手に掴んだ。下を覗いてみると、こちらを見上げる鳥人たち。その頭の中にはいじめっ子たちも含まれていた。


 いじめっ子たちが小さな豆粒くらいの大きさになった頃。風に包まれながら、両目を閉ざした。そして、「心地の良い風だ」と零す。そんな僕を見て、怪訝そうな顔を見せつつ、ドリフは尋ねる。


「行先はどうするんだ?」


 それに僕はこう答えた。

「気の赴くままに」と。



 僕たちは空を飛ぶ夢を見ることから始まった。そして、夢は現実となった。僕の羽は、何かの合図のように揺れ、風を感じた。それは、僕の旅の始まり。 何もできなかった僕の、世界をまたにかけたフライトの始まりだった。

 

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