【完結記念SS】王太子夫妻へ、ピアノの贈り物



 『追放された悪役令嬢ですが、辺境で錬金術師生活を始めました。』の登場人物が出てきますが、本作品のみでお楽しみいただける内容です。



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「遠く離れたアノール王国の王太子と王太子妃が、シャンドリー王国うちに来るらしい」


 アンドレ様からその話を聞いたのは、一ヶ月前だった。酷い悪阻つわりが落ち着き、ようやく食事が美味しいと思えるようになった頃だった。

 アンドレ様はその瞳を細め、心配そうに私を見る。


「リアのピアノの噂は、今や外国まで広がっている。

 王太子たちはリアのピアノを聴きたいらしいが……俺は無理をして欲しくない」


 アンドレ様がそう言うのもよく分かる。


 私が妊娠してから、アンドレ様の過保護が酷くなった。家にいる時は四六時中私について回り、自らフルーツなどを切って食べさせてくださる。愛されていると思って嬉しい傍ら、申し訳なくも思った。

 そして、あの悪阻が嘘のように、今の私は元気になりつつある。……そう、元気なのだ。



「お気遣い、ありがとうございます」


 私は愛しい彼に笑顔で告げた。そして、ピアノ演奏の答えはもちろんこれだ。


「弾かせていただきたいです」


 私の言葉を聞き、アンドレ様は頭を抱えた。まるで私の答えを知っているかのようなそぶりだ。


「お医者様には、安定期だとお聞きしています。

 それに、ピアノは胎教にも良いと言われているのです」


「あぁ……モーツァルトを聞くと頭が良くなるという、あれか……」


 弾くと決めたら弾く。それが私だ。だいいち、王太子夫妻からご指名いただいたのだ。こんな機会、二度とないかもしれない。


 (期待を裏切ることなんて、出来ません)


 こうして、私はアノール王国の王太子夫妻にピアノを披露することとなったのだ。




 


 最近の私は、ピアノを披露する時、下調べをすることにしている。ピアノ曲は無数にあるため、聴いてくださる人に満足いただける曲を披露したいのだ。


「アンドレ様……

 アノール王国の王太子夫妻について、教えていただきたいです」


 遠慮がちに聞くと、アンドレ様は観念したように深呼吸をして口を開いた。


「アノール王国では最近、大きな事件があった。

 聖女と名乗る女性が宮廷を支配し、国民を苦しめていたようだ。

 そこで、ロレンシオ王太子とミランダ王太子妃が中心となり、この問題を解決したみたいだ」


 アンドレ様の言葉を、


「……ロレンシオ?……ミランダ?」


 思わず繰り返していた。

 それもそのはず、この二人は前世、音大時代の私が夢中になったゲームの登場人物だったのだ。そして、このゲームにはふんだんにクラシックが使われていたのだ。そうと決まれば、その曲を使わないはずがない。


 (ゲームの中のロレンシオ様とミランダ様は、悪役でした。

 二人は結婚することもありませんし、王太子にもなりませんでした。

 きっと厳しいお二人ですから……粗相のないようにしなければ!)


 

 


 それから私は、必死にピアノの練習をした。そして、私の体調を心配するアンドレ様は、いつも隣でピアノを聴いていた。その甘い視線に絆されないようにしながら、私は記憶の中のその曲を弾く。


 

 

 ベートーヴェン作曲、『悲愴 第二楽章』。

 寂しげで美しいこの曲は、ロレンシオ殿下が失恋した時に流れる曲だ。音楽とともに映るロレンシオ殿下の切なげな顔に、一体どれだけの女性が涙したのだろう。


 シューベルト作曲、リスト編曲、『魔王』。

 いかにも恐ろしいこの曲は、ロレンシオ殿下がミランダ嬢の禁断の魔術によって魔王化する時に流れる曲である。音楽だけで恐ろしさを感じさせるシューベルトとリストは、天才だと思う。

 加えて、ゲーテによる歌詞も存在するが、生憎それは披露出来ない。


 ショパン作曲、『革命』。

 左手が荒れ狂うように動く激しいこの曲は、最後の戦いの場面で流れる曲だった。ラスボス『魔王』がとても強くて、何度もゲームオーバーにさせられた。

 また、数々の名曲を残したフレデリック・ショパンは、間違いなく音楽界の革命児である。


 



 私のピアノを聴き、使用人たちが大きな拍手をくれる。それに混ざって、アンドレ様も拍手をくださった。

 アンドレ様は目を細め、愛しげに私を見つめて呟いた。


「君のピアノを聴くと、胸が痛くなる」


「えっ!?……そんなに酷かったですか!?」


 思わずそう返した私を見て、面白そうに笑うアンドレ様。


「そんなはずはない。

 ピアノを弾いているリアは、とても可愛いからだ」


 そのまま、ぎゅっと手を握られる。見上げると、大好きなアンドレ様の顔が間近にあって、心臓が止まるかと思った。


 (かっ……可愛いだなんて……!!)


 途端に真っ赤になる私。アンドレ様は平気でそんなことを言うが……いや、言ったアンドレ様も、私と同様頬を染めている。その様子が愛しくて、もうピアノどころではなくなってしまうのであった。




 


 こうして迎えた当日……


 私は、アノール王国の王太子夫妻に、三曲のピアノ曲を贈った。自分が惨めになるほど美しいお二人。だが、イメージとは少し違ったお二人。

 悪役令嬢とまで言われていたミランダ王太子妃は……なんと、私のピアノを聴いて泣いてくださった。弾き終わって一礼すると、目の前には涙でぐしゃぐしゃのミランダ王太子妃がいたのだ。


 こんなわけで、私のピアノ演奏は、大盛況で幕を閉じた。


 


「君のおかげで、国家間の取り引きも上手くいったと国王陛下が喜んでおられた」


 家に帰ってひと息ついていると、戻られたアンドレ様が当然のように私の隣に座る。そして、無造作に置いてある林檎を手に取った。


「ミランダ妃はリアのピアノを大層気に入り、『CD』にして手元に置くと言っておられた」


 その言葉に狼狽えた。


 (し……CDですって!? )


 この世界に、もちろんCDなんてものはない。まさか、ミランダ王太子妃も……転生者!?

 ゾゾーッと寒気が押し寄せた。ミランダ王太子妃が転生者であれば、私が盗作していることもバレているだろう。


「アンドレ様……」


 私は、隣に座って当然のように林檎を剥き始めたアンドレ様に語りかけた。ミランダ王太子妃が転生者かもしれないこと。そして、私の盗作に気付いているだろうということを。


 だが、アンドレ様は涼しい顔をして答えた。


「だろうな」


 (だ……だろうな、ですって!? )


 アンドレ様はことの重大さに気付いておられないのだろうか。青ざめる私を見て


「どうしたんだ?」


 心配そうに聞くアンドレ様。私は我慢出来ず、相変わらず余裕のアンドレ様に震える声で告げた。


「今日弾いた三曲も、私が作曲したことになってしまっています。

 ミランダ王太子妃が、もしそれを知ったら……」


 次こそ私は断罪され、追放されてしまうのだろうか。




「リア」


 アンドレ様の優しい声で、はっと我に返った。見上げると、その菫色の瞳は愛しそうに細められ、じっと私を見つめている。その瞳を見ていると、少しずつ気分が落ち着いてくる。


「大丈夫だ。この世界には、それを証明できる手段もない。

 仮に証明出来たとしても、でもこれらの曲は同じように弾かれていた。

 リア自身が作曲したと言っているわけでもないし、君は何も間違ったことはしていないんだ」


 アンドレ様は低い声でそう呟き、そっと私の手にその手を重ねた。大きくて温かい手に触れられると、どっと安堵が押し寄せてくる。


「それに、俺はリアのピアノを聴きたいんだ。

 リアを苦しめる人がいるのなら、全力で俺が阻止をする。


 ……だから」


 アンドレ様は、いつの間にか綺麗に切り揃えられた林檎を、そっと私に差し出した。将軍なのに林檎を剥けるのも、前世の記憶があるからだろう。


「リアはもう、自分の体のことだけを考えていて欲しい。

 そして、生まれた子供にも、ピアノを教えてあげて欲しい」


「……分かりました」


 こうやって、いつも私を守ってくれるアンドレ様。私に寄り添ってくれるアンドレ様。

 今日も私は、彼に夢中だ。

 




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 読んでくださってありがとうございました!

 ミランダ目線のお話は、『追放された悪役令嬢ですが、辺境で錬金術師生活を始めました。』の番外編に掲載しております。


 なかなか番外編を書くことが出来ませんが、また書けそうな時に書きたいと思います。

 いつもありがとうございます!!


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追放された貧乏令嬢ですが、特技を生かして幸せになります。〜前世のスキル《ピアノ》は冷酷将軍様の心にも響くようです〜 湊一桜 @mee31

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