第11話 ロストワンの号哭


 アリサが目を覚ました。


「アリサ……!」

「ごめんねぇ……私……。失敗しちゃったぁ……」


 アリサは、へらへらした口調で、そんな言葉を絞り出す。

 だが、とてもじゃないが、口をきけるような状態じゃない。

 アリサの出血は、もはや致死量を超えていた。


「おいアリサ! もうしゃべるな……!」

「ごめんね……ケーキ、買えなかったよ……」

「そんなことはいいから……!」


 俺は倒れているアリサに駆け寄る。

 しかしこうしている間にも、炎は俺たちを取り囲み、今しも燃やし尽くそうとしている。

 アリサはもはや息をしているのもやっとのはずだ。

 それなのに、自分の身を顧みず、


「たいへん……このままじゃすこやん燃えちゃう……」

「俺のことはどうでもいい……! とにかくその傷を止めないと……! なにか魔法はないのか……!? そうだ、回復魔法について詳しく書かれた魔導書があったんだ。今それをもってくるから……! えーっと、あれはどこだったっけな……」


 アリサは回復魔法くらいならお手の物なはずだ。

 だけど俺は焦っていて、とにかくなんとかしなきゃって思いでいっぱいで、回復魔法が書かれた書籍を探す。

 だけど燃えてしまったのか、どこにいったのかわからない。


「ううん、私はもういいから……。これ、ダメみたいだぁ……」


 アリサは必死に笑顔を作り、俺にそんなことを言う。

 ていうか、アリサはいつも自分のことを僕と呼んでいた、それなのに、どういうわけか今は私だ。

 アリサはもともとは私と呼んでいたのだろうか。

 余裕がないせいか、一人称が僕じゃなくなってしまっている。


「だめじゃない……! そんなこと……いうなよ……!」


 俺は必死に、なんとかできないか頭を回転させる。


「そうだ……! ポーションがあっただろ……!」


 俺はアリサのポケットからポーションを取り出して、急いで傷口にぶっかける。


「…………っつ……!」


 染みるようで、アリサが顔をしかめる。

 ポーションは傷口に浸透した。

 しかし、アリサの傷は深く、ポーションだけではなんの解決にもならなかった。

 全然血が止まらない。


「くそ……! 止まれ……! とまれって……!」

「すこやん……今まで、ありがとうね……。ナナにも、伝えといて」

「何言ってんだ馬鹿! 自分で伝えやがれ……!」


 俺は本が血まみれになるのもお構いなしに、アリサの傷口を必死になって抑える。

 だけど血はとめどなくあふれ出てくる。

 そうこうしているうちに、火の手も回ってくる。

 くそ……とっととアリサを連れて逃げないと……。


「大変……炎が……」

「炎じゃなくて、今は自分の心配してろ……!」

「待ってね、今、消すから……」

「は……? おい……ちょ……」

「ウォーターボム――!!!!」


 アリサは最後の魔力を振り絞って、魔法を唱えた。


「馬鹿……! そんな余裕があったら、自分に回復魔法使え……!」


 アリサが唱えると、図書館中に水の爆弾が破裂して、水浸しになった。

 一瞬で火は消え、図書館中の本が水でびしょびしょになる。

 魔法を唱え終わると、アリサは満足そうに笑みを浮かべて、そのまま眠るように意識を失った。


「アリサああああああああああああああ!!!!」


 アリサは完全に動かなくなった。

 そしてどんどん冷たくなっていくのがわかった。

 俺はなにも言えずに、動けずに、そのまま立ち尽くしていた。

 もうなにも考えたくない。

 もうなにも見たくない。

 なんでこんなことになってしまったんだろう。

 なにがいけなかったのだろう。

 なにが起こったのだろう。


 アリサはなんで殺されなきゃならなかったんだ。

 アリサがなにをしたっていうんだよ。

 アリサはなにと戦っていたんだ……?

 俺はこの10年ずっとアリサと一緒にいた。

 だけど、アリサのことなんか全然知らなかった。

 アリサの敵のことも、この世界のことも、魔法のことも……。

 俺は何も知らない部外者だった。

 俺は悔やんでも悔やみきれない思いでいた。

 もっと俺がしっかりしていれば、そんなことを思っても、もはや手遅れだ。

 俺は放心状態で、そのままアリサの上に覆いかぶさって目を閉じた。

 

 俺は今は図書館の身体で、本の身体で、だから泣くことさえできない。

 心の中で涙を流している気分になったが、気分は変わらない。

 泣くことさえできれば、すこしはこの悲しみを吐き出せるのに。

 これはなにかの罰なのかもしれない。

 俺は自分の中で、薄れゆくアリサの感覚をかみしめた。

 どれくらい時間が経っただろうか――。

 もうずっと、一生こうしていたような気もする。

 実際にはほんの1分くらいのことだったのかもしれない。

 

 ――それからしばらくして、俺の大声を聞きつけてやってきたのか、図書館の扉の前に、足音が近づいてきた。

 一瞬、さっきの男が戻ってきたのかとも思ったが、どうやら違うようだ。

 足音で、それがナナだとわかる。


「ナナ……か……」

 

 ナナは扉を開けずに、外で沈黙を貫いていた。

 中でなにが起こったか、ただならぬ気配を感じているのだろう。

 ナナは俺に事情をきかずとも、すべてをわかっているような気がした。

 ナナが口を開く。


「ねえ、なにがあったの……」

「ナナ、こっちにくるな」

「ねえ、なにがあったの……!」

「ナナ、いいから……向こうへ行ってろ……」


 こんな状態のアリサ、ナナに見せられるわけなんかなかった。

 ナナは俺以上にアリサを愛していた。

 こんな状態をみたら、ナナがどうなるかわからない。

 しかし、俺の望みとは裏腹に、ナナは強引に扉を開いた。


 ナナはアリサを目に入れると同時――号哭、号泣、嗚咽、発狂、怒り、憤慨、発作、そのどれにも似つかぬ感情を爆発させ、叫んだ。

 

「いやあああああああああああああ!!!!!」

 

 そして、必死にアリサの死体に縋りつく。


「アリサ……! アリサ…………!!!!」


 俺は、見ていられなくてもう一度目を閉じた。

 できるならもう、なにも見たくない。

 神様、俺をもう一度殺してくれ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る