第10話 黒衣の男


 それから数時間が経った。

 アリサ……遅い。

 ただ街に行っただけなら、これほど時間はかからないはずだが……。


 そのときだった。

 図書館に足音が向かってくる。

 お、ようやくアリサが帰ってきたか!

 俺は心が弾むのを感じた。

 アリサが無事にもどってきて、ほっとする気持ちを感じた。


 足音の主は違っていた。

 図書館の扉を開けて入ってきたのは、見知らぬ男だった。


 え……………………。

 俺の心臓がどくんどくんと鳴る――いや実際は俺に心臓はないのだが――のを感じた。

 息をのむ。

 さあっと、血の気がひいていって、頭が異様に冴えるのがわかる。


 男は真っ黒のマントを羽織っていた。

 そして、怪しげな仮面をつけている。

 顔はわからない。

 身長は190センチほどあって、異質な雰囲気を放っている。


 ありえない……。

 ここは、浮島はアリサの魔法障壁によって守られている。

 何人たりと、ハエ一匹侵入できないはずなんだ。

 それなのに、なんだこの男は……?


 男が中に入ってきて、手になにかもって引きずっているのがわかった。

 ずた袋でも引きずっているのかと思った。

 違った。


 男はなんと、アリサの頭を手に持って、それを引きずっているではないか。

 俺の中に、いっきに怒りが燃え上がる。


 わけがわからなかった。

 なんで、アリサがこんな目にあってんだ……?

 さっきまであんなに幸せそうだったアリサが。

 しかも、今まで他の人間なんて、この浮島にやってきたことなかったじゃないか……!

 この世界は平和だったんじゃないのかよ!

 俺たちは平和に平凡に暮らせてたはずだったんじゃないのかよ!


 いったいこれはどういうことなんだ。


 一瞬、男がアリサの生首をもっているのかと思った。

 だけど、アリサの首はちゃんと身体にくっついていた。

 よかった……? のかはわからないが……。

 アリサは意識がないようで、ぐでんと腕を伸ばしていた。

 身体からは大量に血が流れているようで、図書館の床が真っ赤に染まっていく。


 俺は耐えきれなかった。

 なんとかして、こいつを追い出さないと、そう思った。


 俺は、全身全霊で、本をかき集めて、男に向かってとびかかった!

 そして本棚を浮かせるだけ浮かして、男に向かって投げつける!


「うおおおおおおお! アリサを放せ!」


 しかし、男がマントをひらりと払うと、俺の投げつけた本も本棚も、すべて弾かれてしまう。

 くそう……俺は無力だ……。

 俺には力がない。

 俺には、魔法も使えない。

 頭の中にはこれだけ知識を詰め込んだのに、肝心なときになにもできないなんて……!


「ん……? なんだ……? 図書館に悪霊でも飼っているのか?」


 男は興味なさげに、倒れた本棚や床に落ちた本を眺めた。

 そして、男の目線は机に置かれた一冊の魔導書に移る。

 それは、先ほどアリサが書き上げた、10年かかって書き上げた、10万3001冊目の魔導書だった。


「これか」


 男はそれをひょいと摘まみ上げると――


「やめろおおおおおおおおおおお!!!!」


 本に火を放った。


「あああああああああああああああ!!!!」


 それは、アリサがつくり上げた努力の結晶だったのに。

 本は一瞬で燃えカスになって、男は燃え続けるその本を、地面に乱暴に落とした。

 火は瞬く間に他の本にも燃え移り、図書館の床を赤く照らす。


「あああああああああああああああああ!!!!」


 俺の中に、憎悪が刻まれる。

 憎しみが、こいつにたいするただならぬ怒りが!

 こいつだけは、絶対に殺す……!!!!


 だが、どうしよう、このままじゃ、俺――図書館まるごと燃えてしまう。


 そして男は、意識を失ったままのアリサを乱暴に床に放り投げると、扉を開けて出ていった。

 どうやら男の目的は、アリサの書き上げた魔導書を燃やすことだったらしい。

 そしてついでに、アリサの肉体ごと、この図書館も燃やして、証拠隠滅ということらしい。

 クソ……俺はついに、なにもできずに、見ていることだけしかできなかった……!!!!


 やばい、なんとか火をとめないと。

 このままじゃ、俺もアリサも燃えてしまう。

 俺が焦っていると――。


「ん…………すこ……やん?」


 アリサが目を覚ました。


「アリサ……!」

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