第12話 喪失


 俺もナナも、もはやどうしたらいいかわからなくなって、お互いに口もきかず、そのまま泣いて過ごした。

 すさまじい喪失感があった。

 いまだに現実味がなくて、ふわふわとした気分のままだ。

 もう一度アリサがあの扉から帰ってくるのではないかという気がしている。

 だけど、もう二度とアリサは帰ってこないのだ。

 

 アリサの死体は、目をしばらく経つと魔力の泡になって消えてしまった。

 その場に服だけが残された。

 この世界の死体すべてがそうやって魔力に還るものなのか、それともアリサが魔法使いだからなのか、はたまたこれはアリサだけが特別にそうなのか、俺にはわからなかった。


 ナナはあれからずっと泣いている。

 俺からナナにかける言葉はなにもなかった。

 今はなにも、考えることができない。


 俺も悲しみを何度も心の中で反芻させて、死にたい気持ちで過ごした。

 

 ナナはそれから、泣き疲れてしまったのか、倒れるように眠ってしまった。

 時間ももう遅いし、よほど心にストレスがかかったのだろう。

 今はゆっくり寝ればいいと思った。

 俺はナナを部屋に運んでやり、毛布を掛けてやった。


 そして翌朝、事件は起こった。



「いやああああああああ!!!! アリサ……! アリサ……!!!! そんな……! アリサあああああああああああ!!!!」


 朝、突然屋敷のほうからそんな声がきこえてきた。

 ナナの部屋のほうからだ。

 だが、俺は不思議に思った。

 確かにアリサが死んだことは悲しい、だけど、ナナの今の声、驚き方は変だ。

 まるでさっきアリサが死んだことを知ったような反応。

 あれから一日が経ったというのに、今の反応はすこし大きすぎるような気がする。


 いや、だけど、ナナにとってアリサを失ったというのは、それほどのショックだったのかもしれない。

 俺だって、まだ心に整理がついていない。

 だが、今の発狂は、アリサの死体を見たとき以上の大声だ。

 とにかくナナが心配だ。

 もしかしたら悪い夢でも見たのかもしれない。

 俺はナナの部屋にかけつけた。


「開けるぞ……!」


 ナナの部屋に入ると、そこには泣き崩れるナナの姿があった。

 ナナはなにやら日記のようなものを手に持って泣いている。


「ナナ……!? 大丈夫か……!?」

「だって、アリサが……アリサがあああ……! あああああああ私、これからどうすればいいの。アリサはどこおおおおお」


 ナナは日記を放り投げて、俺のもとへ泣きついてきた。

 

「ナナ……。辛いよな……。俺だって辛い。今は、思い切り悲しもう」


 俺はしばらく、ナナが泣き止むのを待った。

 たしかに一晩経ったくらいでは悲しみは癒えない。

 だけど、どうにもナナのこの反応は自然じゃない……。

 まるでさっきアリサの死を知ったかのような、どこまでも新鮮な反応だ。


 ナナはようやく泣き止むと落ち着きを取り戻した。

 俺はちらっと、ナナのもっていた日記を見た。

 するとナナは、まるで裸を見られたかのように、とっさに日記を隠した。


「まって……これはダメ……!」

「どういうことだ……?」


 ナナの態度が急に変わって、さっきまでの悲しんでいた雰囲気から、一気に緊張した空気が走る。

 ナナは泣きはらした目で俺を見つめる。

 どうやらただの日記帳というわけではなさそうだな……。

 さっきのナナの新鮮な反応の秘密は、この日記帳にあるのかもしれない。


「その日記に、なにかあるのか……?」


 俺は恐る恐る尋ねる。

 ナナはあきらめたようすでため息をついた。


「はぁ……。もう隠すのも限界なのかな……。でも、すこやんになら、いいよね……。家族だもんね……」

「ど、どういうことだ……? 隠すって、なにを……?」


 ナナは無言で、俺に日記帳を差し出した。


「これが……? なんだっていうんだ」

「読んで、いいから」


 俺は日記帳を受け取り、その最初のページを開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る