5話 帰還と報告

 森の空気が落ち着いていた。魔物の気配は消え、静寂が戻る。

 猫たちは獣のように音もなく歩き、俺の前を先導する。後方にはセレスが、その影を必死に追っていた。


 歩幅は不安定だ。膝の震えを隠そうとしているのが伝わってくる。

 呼吸は浅く、魔力の流れもまだ乱れている。それでも、彼女は歩くことをやめなかった。


 一歩一歩、確かに進んでいた。

 ただ、それだけのことなのに──なぜか、胸の奥が微かに疼いた。


 村の輪郭が木々の間から見えたとき、セレスの肩がふっとゆるむのがわかった。

 緊張が解けたのだ。首輪を通して伝わる、あの奇妙な安堵の波。

 まだ、あの時の感触が残っているのだろう。


 術式のリンクを切る。

 俺の魔力が、彼女の中からそっと引いていく。

 セレスは立ち止まり、小さく何かを呟いたが、それはもう俺には届かなかった。


 アトリエに戻ると、彼女は扉の前で立ち尽くしていた。

 扉は開いている。入って来ればいい。だが、彼女は足を踏み入れない。


 ──報告が、怖いのか。


 俺は背を向けたまま、棚の整理を続けた。

 言葉を待つのは好きではない。ただ、今の彼女が何を選ぶか、それだけを見ていた。


 「……魔物は撃退しました。猫たちも無事です」


 乾いた声だった。けれど震えてはいなかった。

 よく見ていたな。猫たちの状態まで言えるようになったか。


 俺は手を止めず、一言だけ返した。


 「そうか」


 沈黙が流れる。彼女が何かを求めているのがわかる。

 だが──甘さは毒だ。自分から欲しいと言えなければ、それは意味を持たない。


 猫たちが俺の足元で丸まりはじめた頃、ようやく彼女が口を開いた。


 「……あの、私。ちゃんとできてたなら……何か、ご褒美とか……あるの……?」


 声はか細い。けれど、その視線は逸らさなかった。


 俺は彼女を見た。首輪に触れている指先。少し赤くなった目元。そして、こちらを見上げるその瞳。

 ──ようやく、求めたか。


 俺は一歩だけ近づき、首輪に軽く触れる。術式を緩める。緩やかな解放。だが、完全には外さない。


 「褒美は、次だ。次もできたら、首輪を一度外してやる」


 彼女の目が揺れた。嬉しさと悔しさが混ざった表情。

 やはり──まだ、力ではなく、俺を見ている。


 その未熟さごと、育てていくしかない。


 「今日は休め。魔力の余韻が残ってる。次は朝だ」


 そう告げて背を向けた。

 ──猫ではないと証明したいなら、手を伸ばせ。それだけのことだ。

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