4話 猫の任務

 小さな首輪が、かちゃりと音を立てた。


 術式で封じた魔力が反応している。

 彼女の喉元に刻んだ制御の輪。拒絶しようと、外れはしない。

 当然だ。これは彼女のための枷。彼女自身が選んだ道だ。


「森の境界まで。猫たちと一緒に行け」


 俺の言葉に、セレスは一瞬だけ顔をしかめた。

 名前は呼ばない。必要ない。

 今の彼女にとって、優しさは毒にしかならない。


 猫、猫、猫──そう呟くように目を伏せる彼女を見て、内心でため息を吐いた。

 まだ足りない。彼女の意志が、自我が、立ち上がるまで。


 「……分かった。行くわ」


 その言葉に、俺はただうなずく。

 顔を上げた彼女の表情がわずかに綻んだ気がして、視線を逸らした。

 期待を与えるには早すぎる。


 首輪が揺れるたび、魔力の波がこちらへ返ってくる。

 彼女の感情、興奮、戸惑い……それらが微かに術式を伝って伝わる。


 ──混乱しているな。だが、悪くない。


 術に飲まれても構わない。

 いずれそれを制御できるようになれば、それが力になる。


 猫たちが先に立ち、森へと進んでいく。

 彼女もついていく。ぎこちないが、背筋は伸びていた。


 俺は、遠隔から彼女の感覚をモニタリングする。

 術式を通して、視覚も、聴覚も、呼吸も、微かに流れ込んでくる。


 静かな森の中、彼女の足取りが止まる。


 ──来たか。


 魔物の気配。術式が反応し、彼女の動揺が脳裏に届く。

 詠唱が遅い。脈が跳ねている。視界が揺れていた。


《詠唱、遅い。リンクを使え。俺を通せ》


 念話で指示を送ると、彼女の意識が一瞬、俺に重なる。

 術式の中心が、脊髄を通って融合する。

 ……彼女の深層が、こちらへ触れてきた。


 熱い。柔らかく、濡れた感情が流れ込む。

 彼女の魔力が応じ、術が起動する。

 魔物の脚が燃え、猫たちが駆ける。

 獣の悲鳴。森の静寂が戻った。


 しばらくして、リンクの魔力が弱まる。

 術が切れたのだ。彼女が座り込み、肩を震わせているのが術式越しにわかった。


 安堵と、苦悶と、渇き。

 何に泣いているかまでは読めないが──


 「こんなの……ずるい……」


 そう呟いたのが、微かに術式に乗って届く。


 俺は、何も言わない。

 今の彼女にかける言葉はない。


 首輪が、ふたたびかちゃりと鳴った。

 ご褒美も叱責も、まだ早い。

 ただ、次に進む準備をさせる。それだけ。

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