3話 俺の猫

 昼の光が窓からぼんやり差し込んでいた。セレスは黙って俺を見つめている。

 その目には、不思議な静けさと、揺るがぬ強さが混じっていた。

 

 言葉はない。けれど、何かを訴えているのが分かる。

 俺はただ、その視線を受け止めた。

 

 しばらくして、セレスが口を開く。

「私が学びたいと思ったのは、あなただけ」

 

 その言葉は、まるで静かな波紋のように胸に広がった。

 俺はただ、うなずくしかなかった。

 

 静かな決意が、俺たちの間に確かに生まれたのを感じたのだった。

 

 

 セレスの目をじっと見つめて、俺は問いかけた。

「扱いは猫と一緒だぞ。それでもいいか?」

 

 セレスは一瞬だけ驚いたように眉を上げたが、すぐに真っ直ぐな瞳で答えた。

「それでもいい。あなたの力に触れたいのだから」

 

 その覚悟に、俺は少しだけ息をついた。

 巻き込むだけのつもりだったセレスが、今は自らその道を選ぼうとしている。

 

 俺たちの奇妙な師弟関係が、ここから始まるのだと確信したのだった。



 俺の言葉に、セレスは一度目を見開いた。


「猫と同じ扱いでいいのか?」


 彼女は、確かにうなずいた。迷いのない声だった。


「……ええ。あなたの力に触れたいのだから」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で一つの決意が固まった。


 猫と同じ、ということは──使役術式に組み込むこと。

 俺の魔力の回路に、直接結びつけること。

 痛みも、恐怖も、快楽も、すべてをリンクさせ、戦うための一体化。


 そうしなければ、俺のやり方は教えられない。


 セレスが何かを言いかけたときには、もう術式は始まっていた。


 眩しい光が瞬き、空気が軋む。

 セレスの体から、魔力の反応が跳ね返る。


「なっ……これは、なに……?」


「猫たちと同じ使役術式だ。リンクした。もう戻せない」


 セレスの瞳が震えた。


「ちょっと待って、それは──私はそんな、そんなことまで……!」


「おまえが言ったんだ。“猫と同じでいい”ってな」


 拒絶の言葉は、もう遅かった。


 リンクは完了していた。

 セレスの呼吸が乱れ、俺の手のひらに痛みが走る。

 彼女の恐怖が、喉元に伝わってくる。

 そう、これが俺の使い魔の在り方。


 セレスは膝をつき、肩で息をしながら俺を見上げた。


「……ひどい。これじゃ、猫の奴隷じゃない……」


 俺は答えなかった。

 それでも視線は外さなかった。

 魔法に感情を持ち込むな。

 力がほしいと言ったのは、おまえのほうだ。





 セレスは肩で息をしながら、俺を睨んだ。

 震える手で胸元を押さえ、吐き出すように言った。


「……最低。あなた、最低よ……!」


 声は怒りに震えていた。

 けれどその視線の奥に、俺は別の色を見た。


 ──拒絶ではない。混乱だ。

 それは自分でも理解できない感情に呑まれている者の目。


 「……なのに、どうして……怖くないの……?」


 ぽつりとこぼれたその言葉は、あまりにも無防備だった。


 魔力のリンクを通して、俺はセレスの“状態”を把握している。

 脈拍、魔力の波形、感情の変動。すべてが手のひらのようにわかる。


 驚いたのは──その一部に、明確な“快”の反応が含まれていたこと。


「……まさか、おまえ……」


 俺が口を開きかけると、セレスは耳まで赤く染めて目を逸らした。


「ちがうっ……! そんなの、私が望んだわけじゃ……!」


 否定の言葉とは裏腹に、術式の魔力が共鳴する。

 精神の深層、支配されることへの安堵、委ねることへの欲求。

 それが浮かび上がっていた。


 セレス自身も、それに気づいてしまったのだろう。

 彼女の全身がこわばり、唇が小さく震えていた。


「やっぱり……おまえ、猫以下だな」


 俺は静かにそう言い捨てた。

 セレスの顔が強張る。

 けれど、それでも術式は拒絶されない。リンクは断たれない。


 ──おまえはもう、俺の猫だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る