1話:訪問者セレス

 また誰か来たな、と思った。

 森の奥にあるこの屋敷には、時折物好きな連中が現れる。今度は魔術院の使いか……面倒そうな顔してる。


 屋敷の中庭に寝転がってたクロが、耳をピクリと動かした。

 こいつは感知系だ。気配に敏感で、誰よりも先に気づく。


「おい、迎えに行ってやれ。今日の客は、おそらくお堅いぞ」


 そう言えば、十数匹の猫たちがわらわらと立ち上がり、門へ向かっていった。

 外から見たら異様かもしれないが、これがここの“普通”だ。


 やがて、足音が聞こえた。鉄靴の硬い音。

 現れたのは、銀髪の女魔術師だった。王立魔術院のローブ、見下ろすような目。

 こいつ、最初から俺を侮ってる。


「魔術院・観測局より派遣されました。セレス=エルメンドル。ここに“異常魔力の源”があると聞いています」


「それなら、猫にでも聞いてくれ」


 俺は石造りの椅子に座ったまま、膝の上のミケを撫でながら答えた。

 もちろん皮肉だ。でも魔術師ってのは、冗談も通じない奴が多い。


 セレスは視線だけで周囲を探っている。目が良いタイプだ。

 すぐに気づくだろう、この屋敷に漂う妙な魔力に。


「……猫の動きが、風の流れと一致しているように見えました」


「そう。あの子は湿気が嫌いでね。空気の重さを読むんだ。便利だろ?」


 少しだけ事実、でも真実は隠してる。

 猫たちは俺を通して、環境を感じ、変え、時には制御すらする。

 俺が指示してるわけじゃない。連中が勝手に、俺の魔力を借りてるだけ。


「あなた、何者なんです?」


「ただの猫使いだよ。俺より猫の方が賢い」


 セレスはしばらく黙ったあと、淡々と書類を取り出して言った。


「この地に、危険性は認められませんでした。報告書には“異常なし”と記します」


「そりゃどうも」


 彼女が背を向けて歩き出す。その後ろ姿を見ながら、俺は小さく笑った。


「……せめて、今度は土産を持ってきてくれると助かるんだが」


 クロが「ニャ」と答える。

 俺の言葉じゃない。クロが感じた彼女の“未練”だ。

 あいつ、また来る気でいる。


 ――まったく。猫の感は、よく当たる。

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