忘れられた最強術師、猫と暮らしながら弟子をとってにゃんにゃんする

自己否定の物語

序章 孤独なる最強

 風が、崩れかけた窓から吹き込んできた。

 目を開けると、天井の梁に黒猫が座っている。尻尾をゆっくり揺らしながら、じっとこちらを見ていた。


「もう朝か……」


 屋敷の中は今日も猫だらけだ。

 朽ちかけたカーペットの上、崩れた階段、割れたガラスの窓辺――好き勝手にくつろいでいる。


 ここは元・領主の屋敷。魔物災害で村ごと見捨てられ、今じゃ誰も来ない。

 だが俺にとっては、ようやく静かに暮らせる理想の場所だった。


 俺は術師。猫と契約を交わした、異端の魔術使いだ。

 猫の目を通じて、世界を見る。猫の体を通して、世界に干渉する。

 戦場でも王城でも、猫がいれば俺の手は届く。どこであれ、だ。


 だが、そんな力はどうでもいい。

 俺はただ、猫と静かに生きたいだけだった。


   *


 物資を仕入れるため、月に一度だけ隣村の市に行く。

 距離にして十数キロ。徒歩で半日、猫の先導つきなら半分の時間だ。


「また来たぞ、あの猫狂い……」


「ひとりで喋ってるように見えるけど、猫と話してるのか?」


 そういう目で見られるのは慣れた。俺は村人にとって“忘れられた災厄”だ。

 でも、干渉されないならそれでいい。人付き合いに意味はない。猫とだけ話せれば充分だ。


   *


 夜、屋敷の屋上で星を見上げる。

 石造りの屋根。月の光を浴びて、数十匹の猫たちが静かに並ぶ。


「人は、俺を忘れた。それでいい。……猫がいれば、それでいい」


 言葉に反応するように、猫たちが一斉に尾を振る。

 その中央。月光が揺れるように集まり、影が形を成していく。


 ――深い夜を纏ったような、巨大な存在。

 白銀の毛先に星屑を宿し、揺らぐ金属のような瞳がこちらを見つめている。


 猫の神。

 俺と契約を交わした、世界の理の“外側”に在る意志。


 俺はそっと目を閉じた。

 空気が静まり返り、耳元にかすかに響く――

 この世のものではない、柔らかな喉鳴りだけが、残っていた。

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