機巧人形のポラリスが傾く_2
「そこに父とよく来ていたバイクの整備屋があるんです。確か、むかし一緒に来たとき、こっちの方にあるって言って……」
近くまで乗ってきた運搬車の中で、リディアはもらった地図を確認した。工業区の端にあるその一帯は、古びた小さな建物が立ち並び、昼前にもかかわらず人通りはまばらだった。
魔素がこびりついて白く曇った窓、風化したトタン屋根。廃墟のような町並みが続いている。
隣を歩くカイルは、白いシャツに布製のつば付き帽子を目深にかぶっていた。変装のつもりなのだろうが、漂う品のよさと体格の良さは隠しきれない。
リディアは不自然にならないように視線を逸らし、辺りを見渡した。
(やっぱりこの人、こういう場所は似合わないな……)
リディアはカイルに気付かれないよう笑った。
ふと、小さな石造りの平屋が目に入った。苔むした外壁には、薬品の染みのような跡が残っている。看板は見当たらなかったが、玄関横の刻印に目が留まる。
(あの歯車模様、魔導技術の解説書でもよく見たもの……)
雑草に覆われた地面を進み、リディアはその敷地内へと足を踏み入れる。
「ここか?」
「わかりませんが……ちょっと聞いてみましょう」
リディアは戸を叩くが、人の気配は感じられなかった。
「いないんでしょうかね……」
玄関横から裏手を覗き込むと、貯水槽や魔力結晶の廃棄箱が置かれていた。
(やっぱり、ここかもしれない)
「ちょっと、あんたら何してんだ」
後ろから神経質そうな男の声がした。振り返ると、作業帽を被った年配の男が睨んでいた。
「……アンタ、軍人か?」
男の視線はカイルを鋭く捉えている。
「あの! 私、リディア・グレイウィンドといいます。ここって技術館で間違いないでしょうか?」
カイルの前に出て、リディアは男に声をかけた。
「あ、アンタ……ライナスの……」
リディアの顔を見て、男は目を丸くする。
「父を知っているんですか?」
「知ってるもなにも……」
男は少し黙った後、ため息をついた。
「そっちの軍人さんは何の用だ」
「今日はあくまで、私個人として来てます」
「チッ……なんだ。いいよ、入んな」
鍵を開け、男は中へと招いた。
室内は古く、埃が積もり、機械油と金属の混じった独特の匂いがした。リディアは父のアトリエを思い出す。
工具や魔導具は多く並んでいたが、どれもきちんと整理されている。
「ノヴァークだ。ラズロ・ノヴァーク」
「ノヴァークさん?」
カイルと顔を見合わせる。まさかすぐに出会えるとは。
「軍の記録では消息不明となってましたが」
カイルが言うと、ラズロは頭をかいて気まずそうに笑った。
「……そこ座んな」
工具を棚に移し、椅子を指さす。
リディアたちが腰を下ろすと、ラズロも向かいにドスンと腰掛けた。
「暫くは帝都から離れてたが、少し前、こっちに戻ってきたんだ。ここを片付けないといかんから」
「なぜ……」
リディアが尋ねると、ラズロはまた頭をかいた。口を横一文字に結んで、言葉を探しているようだった。
「アイツの娘の前でこんな話しすんのも、あれだけどよ……」
どくりと心臓が脈打つ。
(まさか……)
ラズロと目が合う。リディアのはっとした顔を見て、ラズロは驚いた顔をした。
「気付いてたのか……?」
「……何を、ですか?」
「いや……」
ラズロは言葉を濁した。カイルが怪訝な顔をする。
「私……みたんです。父が軍人のような人たちに撃たれたところを……そのことですか?」
言葉にして初めて、胸の奥のつかえが溶けるような気がした。
同時に、本当に殺されたんだ、と血の気が引いた。
「見たのか……?」
ラズロが目を細め、すぐにそらした。
カイルが息をのむ音が聞こえた。
「はっきりとは見えませんでした。……やはり殺されたのでしょうか」
リディアは膝の上に置いた手を、ぎゅっと握り締める。
「俺もはっきりとはわからねえ。でも、あの日アイツは夕刻には帰ってた。なのに職務中に倒れたって……」
ラズロはぽつりと付け加えた。
「あの日……確か娘の誕生日だって……」
「父とは、親しかったんですか?」
リディアは聞いた。
「学生の頃からの昔馴染みだよ。アンタが生まれた頃も会ってる」
「え……」
「俺はこの通り、独り身だ。あれがあってすぐ辞めたんだ」
ラズロは目を伏せ、手を落ち着きなく握った。
「ここもアイツがいなくなって、少しずつ人が集まらなくなっちまったらしい。俺もその一人だが……。昔は帝都の研究者仲間の寄り合いみたいな場所だったんだ」
何かを思い出すように、ラズロは周りの魔導具に目をやる。
「アンタらにはガラクタみたいに見えるかもしれねぇけどよ……ほっとけねえんだ」
ラズロはリディアたちに視線を向ける。
「それで、用事ってのはなんだ」
「ヴェルナー・フォクスレーのことです」
リディアは聞いた。
「ああ、懐かしい名前だな。アイツがどうした」
「昨夜、三課の……彼の実験室で人体実験をしているところをみました」
「アイツ……とうとうそこまで」
ラズロが天井を見上げる。
「さんざん、ライナスと止めたんだ。このままじゃ、取り返しのつかないことになるって……」
「その実験は、人を操作するようなものでした」
「……私も、操作されていた一人です」
カイルが指輪を取り出し、ラズロの前に置いた。
「こりゃ……魔力暴走を止めるやつだろ? なんでまた操作なんて?」
ラズロは頭をかく。目を細めて指輪を見た。
「ヴェルナー先生……ヴェルナーが元の指輪を改造してました。それはおそらく、制御部分に何か仕掛けをしてるのかと……昨日彼、ルーペンス少佐が操作されて、私が魔力干渉することによって止めました」
リディアは隣に座るカイルに目配せした。
「あ? 昨日?」
ラズロはまた目を回して、カイルを見る。
「ルーペンス少佐っていや……そうか、アンタ適合者だったか」
「適合者?」
あの日、ヴェルナーも同じようなことをいっていた。
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