機巧人形のポラリスが傾く_3

「それって……軍が兵士を素材として管理してるってことですか?」

「ああ、軍のそういった魔力が多いやつとか、筋力が多いとかで兵士のリストがあるんだ」

 

 カイルの眉がわずかに動いた。


「いや、これじゃなんもみえん。ちょっと待ってろ」

 

 ラズロは立ち上がると、小さな作業室へ入り、棚をガタガタと漁った。やがて、ほこりをかぶった箱の中から古びた機器を取り出す。

 

「透魔晶を使って波形を視覚化するタイプのやつでな……見てみろ」


 表面には、歯車と魔力結晶を模したインジケータがついていた。

 ラズロはリディアに透視孔をのぞかせる。

 指輪の中を通る魔力回路が、霧のような光線で立体的に可視化されていた。


「……構造が一目でわかるなんて。これ、透魔晶の屈折率を利用してるんですね? すごい……」

「だろう?」


 ラズロはにやりと笑い、今度は自分で装置をのぞき込んだ。


「……こりゃ、俺が初期設計したやつじゃねえか。けど、どっかで誰かが裏口つけてやがる」

「裏口?」


 リディアが問い返す。


「別の回路だ。裏から無理やり通してやがる……外部から信号を流せるようになってんな。──こっから、その操作する信号流してんじゃねえか?」

 

 ラズロは苦々しい表情で指輪を見つめた。

 その言葉に、リディアの背筋がぞくりとする。


「……少佐が制御されかけた時、装置に細工したんです。魔力信号を変調させて、異常な波形をぶつけて……そのすき間に、私の魔力を流し込んで、安全弁を作動させました」


 ラズロがリディアの手元の波型調律器を見て、目を細める。


「懐かしいもんもってんな。ライナスのだろ、それ」

「はい……父から貰いました」

「なるほどな……逆相位で信号いじって、安全弁を動かしたか。理にかなってる。──まったく、あの頑固者の娘が、こんな芸当をな……」

 

「明日、ヴェルナーは式典で新型兵装を発表するといってました」

 リディアは、ラズロをまっすぐ見つめて告げた。

 

「おそらく、少佐の指輪とは違う機構だとおもいます。これ、みてください」

 

 リディアは鞄からノートを取り出すと、机の上に広げて見せた。


「父が開発した補助制御装置を私が書き写したものです。左が、保管庫に機密扱いで保管されていた父の設計図。右が、魔技研の資料室にあった同じ図面です。……でも、そちらは書き換えられていました。いつもの父の手書きの署名も、記号もない。日付も、父の死後半年以上経っている。きっと、今軍で使われている装置はこちらでしょう」


「……なんだこれ。遮断装置じゃねえか」

「はい。本来は、出力が異常値に達した時、自動で停止するための安全弁でした。でも、これは外部から強制遮断できる構造にされてる。しかも安全弁だけを……」

「そんなことが可能なのか……?」

 カイルが呟いた。

 

「以前、私が小型防御装置を改良した際に、安全弁の回路を独立させたんです。その回路を利用して安全弁だけを切るように改造されていました。……ただ、主回路と同じ導管を通していたので、まさかそこだけ狙って遮断されるとは思いませんでしたが」


 ラズロは眉をひそめる。


「小型防御装置の安全弁って、それ切っちゃ出れねえじゃねえか」

「はい。人を閉じ込める枷になってました。捕虜を閉じ込めたり……人体実験でも使われてました」


 リディアは指輪を手に取った。


「ヴェルナーは、明日その遮断装置を組み込んだ装置を世に出すつもりです。新型兵装の発表式典があるんです。少佐が使っていたこれはプロトタイプですよね? おそらく明日出すのは、まったく構造が違います」


 リディアはカイルへと視線を向けていう。


「少佐の指輪は、出力が半分までに制限されてました。父の設計では、人の魔力を使う際の安全弁はその位置で作用するようになっていたからです」

「その指輪は通常通り、半分のとこで安全弁が作用する……それを全部遮断すれば、安全弁も切れるって寸法か……昔からそうだ。アイツが考えそうなことだ」

 忌々しげにラズロは吐き捨てた。

 

「……操作され続けるのか。防御装置の被験者みたいに……」


 カイルが低く言うと、その場の空気が一気に凍りついた。

 

「……だとしたら……式典で、また誰かが動かされるってことか。とんでもねえ……」

「その出力が人の持つ魔力量を超えたらどうなるんだ」

 カイルが問う。


「そんなこと……考えたくもないですけど……けど、ヴェルナーのその耐久実験は三日を超えたと言ってました……」


 リディアははっと顔を上げる。


「でも、そんなことありえない。人の魔力だけで、そんなに耐えられるわけがない……」

「……魔素を変換してんのかもな」


 ラズロがぽつりと呟く。


「人に装着できる大きさなんて限られてる。魔力源を内蔵したら、相当でかい装置になっちまう」

 リディアは目を見開いた。


「確かに、帝都なら魔素はいくらでも補給できる……」


 その言葉を口にして、自分でもゾッとする。

 帝都は魔石圧縮炉の数が他の都市とは段違いだ。いつも空にはきらきらと魔素の靄が漂っている。

 

「でもそれだけでずっと、動かし続けるなんて……人の身体で耐えられるわけがない……」


 機械と同じように、動くわけがない。人間はそんなに丈夫では、ない。

 リディアは呼吸が詰まりそうになる。

 

「止めないと……」

 リディアは呟いた。


「軍はあの人体実験を黙認してる。期待できない……相当な証拠と、後ろ盾がないと」

「嬢ちゃんがコイツの操作を切ったのは魔力干渉したっていったな」

 腕を組み、上を仰ぎながらラズロは呟いた。


「ええ。でもあれは安全弁があったからうまくいった……」

 リディアは口元に指を添えて考え込む。

 

「なら……操作する側の波形を止められればいいんだわ。信号を遮断すれば止められる!」

「ああ、確かに理屈は通る。はっ面白いじゃねえか」


 ラズロが立ち上がった。

 

「できるかどうかはわからんが、そのクソみてえな信号をぶっ壊せばいいんだろ」

 

 ラズロは笑って、部屋の隅に積み上げられた魔導機材の山を崩し始めた。カイルが慌てて崩落を押さえる。

 すると山の下から、黒鉄の大きな筐が現れる。取っ手には本革が使われ、ガタガタと音を立てて引き出された。キャスターが付いているようだ。


「これは何ですか?」

「昔、アイツと……ライナスと遊びで作ったんだよ。ちょうどいいだろ」

 ラズロは悪戯な笑みを浮かべた。

 

「父と……?」


「今は壊れちまってるが直せば使えるだろ。仕組みそのままじゃ使えねえ。波形の出方を変えなくちゃなんねえ……ただ、指向性ノイズで、あっちの波形とぶつけりゃしめたもんだ。こっちの波形のが絶対にでかい」

 

 頷いて、リディアは言った。

 

「信号をぶつけて相殺する……可能性はありますね」

「俺はアンタらと同じとこにいたが、昔から軍ってやつが気にくわねえんだ。明日なんだろ? やってやろうじゃねえか」


 リディアはその筐に目を向ける。赤錆や魔素の跡が浮き出た表面が、過去の時間を物語っていた。リディアはそっとその表面に触れる。

 時間はない。でも、やるしかない。

 

「いいですね。……ぶつけましょう。そのノイズを」

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