Forever3「君は咲き続ける」

 残りの時間は限られている。そう思いながら過ごす日々は、いつも以上に時間が早く進む気がした。新しい思い出ができる代わりに、ネリネとの時間が消えていく。


 どこかに行くにしても一日で何ヵ所も行くことはできないから、一日につき一ヶ所、ネリネが行きたいと言っていた場所に行った。


 動物園ではレッサーパンダの可愛さに心奪われ、水族館ではネリネがペンギンの歩き方を真似する。映画館では大迫力の映像に驚き、遊園地では二人で子供のようにはしゃいだ。


 大切な思い出ができていること。それは本当に嬉しいけれど、思い出ができると同時にネリネはだんだんと弱っていく。


かず、話がしたい。大切な話」


 家で花畑にいつ行こうか悩んでいたとき、車椅子に乗ったネリネが話しかけてきた。今のネリネは自力で移動することができないため、移動するときは僕が車椅子を押している。


「いいよ。大切な話ってなに?」


 僕といるときのネリネはいつも穏やかだが、この時は真剣な表情だったので本当に大切な話をするのだろうと思った。


「私、身体がどんどんボロボロになってて、いつダメになってもおかしくない。このままだと和水に迷惑かけちゃう。だから私、をしたいの」

「……なるほどね」


 エンドシャットダウン。それは人間で言う安楽死。何らかの問題で長生きができないとされたAIの中には苦しまない死を望むAIもいる。その場合、自らの意志でシステムの強制停止が可能。もちろん強制終了をしたら、その後復活することはない。


 今の日本では人間の安楽死は認められていないが、AIの場合は法律で認められている。だからこそ、このエンドシャットダウンも最後の選択肢として存在している。


「僕はネリネがそれを望むなら、決して拒んだりしない。ただ一つだけ言わせてほしい。僕はネリネがどんな状況になっても絶対に迷惑だなんて思わない。だから、もっと本当のことを言ってほしいんだ。ネリネの本音を聞きたい」


 そう言うとネリネは少し俯いたが、やがて引きつった笑顔を見せた。


「ごめんね。私、腕も足も何もかもがボロボロになってて……正直辛い。でもせめて最後に和水とお花畑に行くまでは、この辛さを我慢しようって思ってるの。だからエンドシャットダウンは、お花畑でしたいかな。たくさんのお花に囲まれて、隣に和水がいてくれたら、私は幸せのまま終われるから……」


 安楽死に対する考えは人によって大きく変わるだろう。でも僕は大切な人が決めたことなのであれば、反対はしない。大切な人が自分の最後を自分の意思で決めたんだ。そしてそこには色々悩んだうえでの強い決意があるはず。僕はそれを否定することなんてできない。


「分かった。僕は最後までネリネの隣にいるよ」


 ネリネの幸せは、僕にとっての幸せでもある。だから僕は、最後までネリネのそばにいることを誓った。




 科学技術が発達した新茨城では、人工の木や花が多く存在している。それらは光合成なども行えるのに加え、管理が楽というのもあり、街の木や花はほぼ人工のものとなっている。


 そんな中で僕とネリネが訪れたのは、咲いているもののすべてが本物の花という、今となっては珍しい花畑だった。


「人工の花もいいけど、やっぱり自然の花の方が好き。見た目とか香りが優しい気がするから」


 この花畑は休日であれば、多くの人が訪れる人気スポット。しかし今日は平日なのに加えて雨が降っているからか、人が極端に少なく、そのおかげでゆっくりと花を見ることができている。


「全部が本物の花なんて、すごいよね。こんな綺麗な景色初めて見たよ」

「ちなみに咲いてるのはネリネの花らしいよ」

「え! 私と同じだね。なんだか嬉しいな」


 鮮やかな花に囲まれている道を、僕たちはゆっくりと進んでいく。過去の話をしたり、花について話したり、車椅子に乗ってるのも案外疲れるだとか。色々な話をしながら道を進んでいった。


「一回、ベンチに座ってもいい? ちょっと疲れちゃった」


 気がつけば、花畑に来て一時間が経っていた。


 もはやネリネは一人で何もすることができない。足も手も、ほとんど力が入らないらしく、僕が精一杯サポートをして、ようやくベンチに座れるくらいだ。


「……」


 それからは互いに喋ることもなく、ただひたすら風に揺れる花を見続けた。




「……和水」


 しばらく経った後、ネリネが小さな声で名前を呼んできたとき、僕はただ黙っていることしかできなかった。


 僕は今、ネリネの最後が目の前にまで迫っていることに怯えているんだ。正直気を抜いたら、涙が溢れ出てしまうかもしれない。でもそれはネリネを不安にさせるかもしれないかもしれないから、最後まで隠し通すつもりだった。でも……。


「心の中にある気持ちは、全部吐き出していいんだよ。和水の話を聞いてあげられるのは、もうだから」


 ネリネは僕のすべてを見透かしてしまうんだ。


「そうだよね……最後、か」


 一度、深呼吸をして僕は話し始める。


「動物園、水族館、映画館、遊園地。ネリネと一緒に過ごした場所、一緒に過ごした時間が全部大切な思い出として、今も僕の心に残り続けてる」



 風が吹く。



「でも、いつかは昔の思い出になっていく。どんなに大切でも人間の記憶力はAIと比べて低いから、時間が経てば経つほど霧がかかって、鮮明に思い出せなくなる」



 香りが漂う。



「だから人は新しい思い出を作るんだよ。思い出をアップデートして、思い出せなくなった部分を新しい思い出で埋めていくんだ」



 花びらが舞う。



「でもこれからはそれができない。僕はさ、これから先ネリネとの新しい思い出を作ることができないっていうのが、なにより辛くて悲しいんだよ」



 そして君は僕に近づく。



「だったら、一生心に残り続ける思い出を、今作ろうよ──」



 想いを受け入れ、最後の思い出を一生の思い出にしようと考えた君は、そっと僕の唇に触れた。


 やがて唇は離れ、少し頬を赤らめた君はこう言う。


「最初で最後。これなら一生、鮮明に残り続けるでしょ?」


 そう言いながら、無邪気に笑う君は本当に愛おしい。


「ありがとう、ネリネ。この思い出は一生忘れないよ」


 この世界からネリネがいなくなったとしても、僕は思い出の地を訪れるたびに、ネリネのことを思い出す。それはきっと僕とネリネが共に過ごした一番の証拠になる。


「和水、今まで本当にありがとう。それと──」




「大好きだよ」




 その瞬間、強風によって舞った花びらが僕の視界を奪った。そして再びネリネのことを見ようとしたとき、まるでスローモーションのようにゆっくりと目を閉じながら、ネリネは僕の身体に倒れた。


「ネリネ」


 何が起こったのかはすぐに理解できた。だからこそ僕は焦ることもなく、そっと君の名前を呼んだ。


「ネリネっ……」


 名前を呼んでも返事が来ることはない。それは一時的なものではなく、永遠。これから先、ネリネの声を聞くことはない。


 感じたことのない喪失感と寂しさに襲われた僕は、ネリネのことを強く抱きしめながら伝えた。


「ネリネ……僕も大好きだよ」


 僕と君の周りを漂う微かな良い香り。それが周りに咲いている花の香りなのか、それとも君の香りなのかは分からない。それでも確かなのは、とても心地のいいの香りだということだった。

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僕の記憶には君が咲いている 島波あずき @takana_ryo

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