第33話 新しいシャベル
次の日、朝になると玄関にシャベルが置いてあった。床の上にそっとあった。ケンちゃんからもらった紙袋から出され、銀色にキラキラしたシャベル。純真無垢なボクのように真っ白でボクのかわいいお手てにちょうどいい大きさのシャベルよりも大きい。
おじちゃん仕事が早い。昨日の夜に渡したのにもう出来たみたいだ。ボクのシャベルよりも早い。こっちは壊れてないからかもだけど。
ケンちゃんのシャベル。
歯磨きをしながら廊下を歩いていたケンちゃんがシャベルを見つけ、驚いていた。
(なんでここに?)って顔してる。
どうでもいいけどお行儀悪くない? 歯磨きは玄関じゃなくて洗面所でしようよ。
ケンちゃんはシャベルを持つ。
そして不思議そうな顔をする。
(なんか、変わってないか?)
そう思ってるっぽい。
ケンちゃんのカンは正しい。そのシャベルには強化のためにハルちゃんとコンちゃんが入っている。シャベルに入っているハルちゃんとコンちゃんが、わくわくしながらケンちゃんを見ていた。
(どきどき、どきどき)(くすくす、くすくす)
ハルちゃんとコンちゃんが楽しそうにケンちゃんを見ていると、ケンちゃんがシャベルのハルちゃんたちが居るところをじっと見る。
ハルちゃんとコンちゃんは慌てて隠れた。
見えてはいないと思うんだけど?
ケンちゃんは違和感を持ったようで、眉をしかめていた。
そして足音が洗面所のところに行く。ぐしゅぐしゅぺ(うがい)をするのかな?
少し間があって、足音がボクの部屋に近づいてきた。
「ショウ」
ケンちゃんがボクの部屋の唐紙を開けた。
その手には新しいシャベル。歯ブラシは洗面台に置いてきたんだね。お顔、すっきりしてるよ。
シャベルに入り込んでいたハルちゃんとコンちゃんが、地上で会えた喜びを無言でこっちに訴えかけていた。
無言なのは、さっきケンちゃんに気づかれそうになっていたから警戒しているのだろう。
「ぴっ」
ボクの枕元に置いてあったシャベルに入っていたオリちゃんが小さな声で反応する。
「ぼしょぼしょ、ぼしょぼしょ、ぼしょぼしょ」
ぴっにならないくらい小さな声。気づかれないように三人で密談している。
「ぼしょぼしょ」
「ぼしょぼしょ」
ちょこっと相談して、こくこくとお互いにうなずく。
いつもは地下宮殿で呼び鈴の役目をしていたのに、地上に出てくることができて嬉しそうだ。
そのやりとりの間も、ケンちゃんは止まっていた。
やっぱりちょっと違和感をもっているようだ。でも、それが確信にはなっていない。
「おはよう、ケンちゃん」
とりあえずご挨拶をする。
「……おはよう」
反射的にケンちゃんは言った。
「このシャベル、どうして玄関に置いてあったんだ?」
ハルちゃんとコンちゃんが入っている銀色のシャベルを見せる。
「おじちゃんが届けてくれたんだよ」
正直に本当のことを言った。
「なんで?」
「すっごいシャベルにしてくださいって、お願いしたんだよ」
ウソは言ってない。
「おじさん、忙しいだろ?」
ケンちゃんもおじちゃんには会ったことがある。ケンちゃんにとっても実のおじさんだからである。でもおじちゃんは秘密の作業部屋にこもっていることが多いので、こっちに来ることは少ない。
ケンちゃんはお正月に会うふつうの人間のおじさんだと思っていて、町おこしグッズの方がおじちゃんの本職だと思っている。
「でもほら、ボクのシャベルも直してくれたんだ」
「え……?」
ケンちゃんが固まる。一日かけて新しいシャベルを買いに行ったのにそれが無駄になるようなことだった。
ボクはケンちゃんに直ったシャベルを見せる。
純真無垢なボクのように真っ白で、ボクのかわいいお手てにちょうどいい大きさのシャベル。
「ぴっぴぴっぴっぴ~」
ハルちゃんとコンちゃんが『ぴ』でしゃべりだした。ケンちゃんに自己紹介しているみたいだった。
ケンちゃんには聞こえていないはずだった。
ただの人間だったら、聞こえない。
でもケンちゃんは変な顔をしていた。耳では聞こえていないけれど、感覚ではおかしいと思っているのかもしれない。
「ケンちゃん、シャベル、2つになったから、一緒に掘れるね」
「ぴぃいい」
ハルちゃんとコンちゃんが喜んでいる。
「ぴっぴっ」
オリちゃんは少し先輩ぶってふたりをいさめる。オリちゃんはほんのちょこっと先に地上に来ていただけなのにね。
「そうだな……」
ケンちゃんは怒ると思っていたけど怒らなかった。『無駄なことさせてんじゃねー』くらい言うかと思ってたのにな。
ケンちゃんはシャベルを自分のお部屋に置くと、また洗面台に向かう。
お顔を洗うつもりかな?
まだ眠いけど、ボクも行こうかなぁ。
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