第31話 跡継ぎ
1170年くらいなんじゃないのかな?
木がいっぱいな山の中。
空には満月が出ていた。
意外と明るくて、山道を木刀を持った牛若丸が走っていた。
「はっ!」
目の前に現れた枝を避け、木の根をひらりと飛び越える。
硬い地面に入りきらなかった根が道にうねっている。慣れているためか、それにつまづくこともない。
「ちょこまかと逃げるでない!」
張りのある声が月夜の山道に響く。聞いたことのある声。すっごくよく知ってる声。
「逃げてなどおらん!」
振り返り、牛若丸が声変わり前の高めの声で叫ぶ。
「出てきて戦わんか!」
「天狗さんの口車に乗せられるもんか」
牛若丸は恨めしそうに言う。
「はて、口車とな?」
天狗の面をかぶった男、ボクのおじいちゃんはすっとぼける。
「こないだそれで出て行ったらぼこぼこにされたし……」
おじいちゃんならするね。
「ふっふっふ」
笑ってごまかそうとしてる。
「だから……」
木が二本、生えているところを通り抜け、くるりと向きを変える。
「む?」
「場所を選んでいるんだ!」
牛若丸は木を器用に使って、天狗の面の男に上から木刀でなぐりかかる。
「甘い!」
天狗の面のおじいちゃんは軽々と木刀をよけて頭突きをかます。頭突きっていいの?
「……痛い」
牛若丸はおでこを押さえて涙目で言う。
「ふっはっはっはっは。まだまだじゃのう」
牛若丸はおじいちゃんをにらみつけ、
「もう一勝負、お願いする!」と叫んだ。
男の子だねえ。
そしてキリっとした表情で木刀を構える。
動きに無駄がないね。
「よしよし、いくらでもかかってこい」
それから八百年くらいの時が流れた。
「って、時に使った先祖伝来の天狗の面なんだぞ」
靴を脱いだ時に玄関に放りっぱなしにしていた面を持って、おじいちゃんがお小言を言いに来た。
玄関に放りっぱなしにして居間でご本を読んでいたのは悪いと思うけど、めんどうくさい……。
ケンちゃんはまだ帰ってきていなかった。
帰ってきてたらおじいちゃんはこんなことは言ってなかっただろう。
ケンちゃんにお面を見られても困るんだけど。
「おじいちゃん」
「なんだ? 何か言い訳でもあるのか?」
「それ、先祖伝来じゃないよね」
「何を言う」
「おじいちゃんが牛若丸に稽古つけてた時に使ってたってだけのお面だよね」
「だけとか言うな。牛若丸じゃぞ。すごいんだぞ」
「ただのおじいちゃんのお面だよね」
「先祖伝来の面を牛若丸の修行に使ったんだ」
「ほんとに?」
ボクはお面を持って、確かめようとした。
「何をする」
「サイコメトリー」
「……最古?」
「触って物の記憶を読むんだよ」
「そんなことせんでよい」
おじいちゃんはお面を背中に隠してボクに触られないようにする。
「後片付けせん者には渡さん」
「あとでやろうと思ってたんだよ」
「すぐにやらんか、すぐに」
「じゃ、今、する」
ご本を置いて、天狗の面を受け取るためにおじいちゃんに手を伸ばす。
「ワシが片付けるからせんでいい」
「む~」
「この面、何に使ったんだ?」
「ケンちゃん、迎えに行くのに使った」
「面をつける必要、あったのか?」
「……恥ずかしかったんだもん」
「何もこれを使わんでも」
「そのお面、怖いんし」
「そういう理由で使うでない」
「でもケンちゃん、そのお面を見て腰抜かしてたよ」
おじいちゃんは黙り込む。
やっぱりおじいちゃんも気づいてたのかな?
「……じゃあ、次は片付けるんだぞ」
「今、片付けるよ」
ボクはお面を受け取ろうと手を出した。
「今は片付けんでいい」
「は~い」
らっきー。
ちょっとの間、おじいちゃんがそこにいた。ご本の続きを読もうとしていたんだけど。
「ワシの跡を継げば、この面はお前の物だ」
いかめしい顔でおじいちゃんが言った。
「いらない」
サクッと答えた。
「それなら跡は継がせんぞ」
「いいよ」
本のページをめくる。
しばらくおじいちゃんは黙っていた。
ボクもご本を読んでいた。
ペラペラと数ページめくれるくらいの時がたった。
「お願い、継いで」
「うん」
しかたがないからうなずいた。
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