第30話 天狗

 ケンちゃんは誰にも聞かず、ひとりでシャベルを見つけて買ってきた。

 手には茶色いお店の服をを持っている。


 でも一人で探したから時間かかかってしまった。しかも行きとは違う電車に乗って、バスに乗ろうとしたら最終バスは出てしまった後だった。


 しかたがなく、駅からおじいちゃんの家まで歩いている。歩いていたから、すでに日は沈み、あたりは真っ暗になっていた。

 街灯もたまにしかない。


 朝と同じ行き方をしてたら、最終バスには間に合ってたのにね。

 ケンちゃんが行きに使ったバスと電車。本数は少ないけれど乗り継ぎはいい。


 何より、あれらはウチの一族のための交通機関だった。

 だから乗客が少ない。


 おばちゃんはそれを知らないから、本数が多い方で来てしまう。ケンちゃんはおばちゃんから教わっているからそっちから来てしまう。


「こ……、怖くなんかないし……」

 ケンちゃんの声が直で聞こえてくる。千里眼クレアボヤンスではなく、ちゃんと迎えに来ていた。


「怖くなんて、ないんだからな……」

 中二のケンちゃん、すっごく怖がってた。


「ホー、ホー」

 フクロウの真似をしてみた。この辺りにいるかどうかは知らんが、フクロウっぽい鳴き声である。


「っ!!!」

 ビクっとするケンちゃん。


「どうしてこういう時に限ってショウはいないんだよ!」

 逆切れしてるケンちゃん。

 ちょっと声が裏返ってた。


 いるんだけどな。

 ケンちゃんはそれを知らない。


 でも、ケンちゃんを迎えに来たわけだから、行くとするか……。

 そのままで行くのは、ちょっと恥ずかしい。


 ケンカ別れみたいな感じだったし、ボクは大泣きしてたわけだし。だから、おじいちゃんの天狗のお面と頭巾をかぶる。ついでにカツラも。


 ちとでかい。

 まあ、いいか。暗いし怖がってるし、気づかれないだろう。


「こ……、こ……、こわくなんてないぞ。こわくなんてないんだからな……」

 ウケる。


「ケケケケケケケケケケケケケケケケケ」

 いつもはこんな笑い方はしない。

 お面に乗っ取られたのかもしれない。

 ふふふっ。


 ボクの声にビクっとするケンちゃん。

 怖がってる、怖がってる。


 とっても楽しい。

 さてさて、メインイベント。


 背中からボクの白い羽を出す。

 いつもは隠してる。これを使って飛べるんだけど、それはおいおい。


 バサッ、バサッという羽音をさせてみる。

 体が少し浮く。


 静かな夜に、その音が響いた。

 けっこう大きな音だよね。


「えっ! なんの音だ?!」

 ケンちゃんは周囲を見回す。だから、もう一回、バサッバサッという羽音をさせ、飛びながら移動して街灯の下に立つ。


 ちょうどお面だけが見えるようにして。

 服はボクのだし。


「※◇□×▽◎………!!」

 なんか言ってたけど、さすがのボクでも聞き取れなかった。

 ケンちゃんは言葉にならない声を上げた。


「ケケケケケケケケケケケケケケケケケ、ケケケケケケケケケケケケケケケケケ」

 バサっバサっ、という羽音とともに、ボクは飛び立った。おじいちゃんの家の方向へ。


 遠回りすると面倒くさいから。



***



「ただいま」

 おじいちゃんの家についた。飛ぶとあっという間。


「ショウちゃん? ケンちゃんは? お迎えに行ったんじゃないの?」

 お面をつけたままだったのに、おばあちゃんは驚かなかった。もうちょっとなんか反応が欲しいけど。


「あっちで腰抜かしてるよ」

 お面を外し、ケンちゃんがいる方向を指さした。


「おじいちゃんの大事なお面、いたずらに使っちゃだめよ」

 年季の入った天狗の面を見る。


「は~い」

 いたずらに使ったわけではない。恥ずかしかったから使ったんだけど、結果的にそうなってしまったのか?




 その頃のケンちゃんは、さっきの場所で腰を抜かしていた。

「て……? 天狗? え? 何? 本物?」


 ケンちゃんはこれがトラウマになったらしい。

 でもさ、ケンちゃん。ケンちゃんは八百屋さんだと思ってたかもしれないけど、ケンちゃんが買ったのと同じシャベル、中野ストアに売ってたんだよ。

 ひとりでやろうとはせず、聞けばよかったのにね。


 ボクのシャベルを壊したことは、これでチャラにしてあげよう。


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