第29話 ふつうのシャベルでいてほしかった

 あの後、ケンちゃんは電車で大きな町まで行き、駅前のデパートでシャベルを買っていた。ボクに似合う白いシャベルではなく、銀色のシャベル。自分の趣味で買ってるよね?


 ボクはおじいちゃんの家に帰って、おばあちゃんのお昼ごはんを食べて、居間でゴロゴロしておやつを食べておじちゃんの作業場に戻ってきた。


「おじちゃ~ん、できた?」

 ドアを開けてそう聞くと、

「ぴっぴ~!」と、ハルちゃんとコンちゃんがボクの肩に乗る。


「できるまで待ってるって言ってなかったか?」

 ちょっと怒ったようにおじちゃんが言う。


「おじちゃんがすぐにできるって言うから待ってようって思ったけど、ぜんぜんできないんだもん」

「すぐじゃないか」

 おじちゃんは平然と答えた。


「気づいてないかもしれないけど、けっこう時間かかってるよ」

「どれくらいかかったんだ?」

 おじちゃんに時計の概念はないのか? マジでわかってないみたいだったから、ボクは指を折って数えてみた。


「8時間くらい?」

「すぐじゃないか」


「8時間は言わないよ。すぐっていうのは10分くらいだよ」

「10分でヒヒイロカネの精製ができるわけないだろ」

 おじちゃんはオリハルコンのことを和名のヒヒイロカネと言う。


「じゃあ1時間。それなら待っていられたけど、8時間は無理」

「気、短くないか?」


「ボク、気長だと思うけど」

「けっこう気ぃ短いぞ」


「そお?」

「すぐに飽きてるだろ」


「うん」

 言われてみるとそうかも?


「ずっとここにいると、時間の感覚がなくなってくるんだよ」

「昼と夜の区別がつかないもんね」

 地下だから。


「その甲斐あって、なかなかいい感じになったぞ」

 おじちゃんはボクにシャベルを手渡す。


「あ、直ってる!」

 ボクの手の上でシャベルがキランと輝いた。


「純真無垢なボクのように真っ白で、愛くるしいボクのお手てにぴったりの大きさのシャベル!」

「なげーよ」

 おじちゃんの突っ込みの速さがちょうどよい。


「壊れる前と同じ感じだよ!」

 どこが壊れたのかわからないくらい完璧に直っていた。

 ボクはシャベルを持って腕を動かす。


「ぴっ!」

「オリちゃん」

 シャベルからオリちゃんの声がした。


「これからは一緒に外に行けるんだね」

「ぴっぴ」

 肯定するようにオリちゃんが答える。


 今まではオリちゃんにもハルちゃんにもコンちゃんにもここに来なければ会えなかった。それがこんな方法があるなんて。


「ぴ~」

 ハルちゃんとコンちゃんは淋しそう。


「その恰好だと外に出られないもんね」

 ゆるキャラって言って出すのはアリかな?


「ぴぃ~」

 元気なく言う。

 やっぱり無理だよね。緑色の岩のようなハルちゃんとコンちゃんを見て思った。

 このままじゃ無理だけど……。


「おじちゃん」

「ん?」

 後片付けをしていたおじちゃんがこっちを見た。


「ケンちゃんがシャベルを買ってくるから、そのシャベル、ハルちゃんとコンちゃんで強化してくれないかな?」

「ぴっ!」

 二人が嬉しそうにキラキラ輝く。


「ケン坊の様子、千里眼で見てたのか?」

「そう。ボクのクレアボヤンスでね」


「なんでもかんでも西洋風にしやがって……」

 ちょっとおじちゃんがムッとする。


「素直に人に聞けばいいのにそれができないから、ひとりでシャベルを探して、今までかかっちゃったんだよ」

 ふつうなら町まで1時間ちょっとで行けるから、お買い物して帰ってきてたとしても3時間で済むはずだった。


 でも、帰りにいつもの電車とバスに乗ろうとしてバスの終電を逃し、駅から歩いてこっちに向かっている。

 そんなケンちゃんの様子を見ているのは楽しかった。


「いいけど、ケン坊には使いこなせないだろ」

 オリハルコンで強化されたシャベル。それなりの力が必要だった。


「シャベルに入れば、ハルちゃんとコンちゃんをオリちゃんと一緒に地上に持ってくことができるし」

「ヒヒイロカネを外に出す入れ物にするってことか」

 ボクはそれには答えなかった。


「ふっ」

 おじちゃんが満足そうに鼻で笑った。


「わかった。強化してやるよ」

 それを聞いたハルちゃんとコンちゃんが

「ぴっぴっぴ~!」と嬉しそうに跳ねていた。


「ありがと、おじちゃん」

「ふんっ」

 照れ隠しな笑みを浮かべる。


「じゃあ、ケンちゃん、迎えに行ってくる。それで、シャベルをゲットしたら持ってくるよ」

 ボクが急いで部屋を出ようとすると

「ショウ」と呼び止められた。


「何?」

 立ち止まっておじちゃんを見る。


「直るのわかってて、どうしてあんな大泣きしたんだ?」

 改めて言われると恥ずかしい。

「んとね……」

 あの時のことを思い返す。


「もちろん、おじちゃんが直してくれることはわかってたよ」

 完全に壊れる前にも、ここに持ってこようと思っていた。


「オリハルコンを使ってくれたら、前よりもすごいシャベルになることもわかってた」

 おじちゃんの眉がぴくっとする。


「しかも、オリちゃんが入ってくれて、ボクは言うことなしだよ」

「ぴっ!」

 オリちゃんが嬉しそうに返事をしてくれたから、ボクのシャベルをなでた。つるつるで温かみのある手触り。


「でも、このシャベルには、もう少しふつうのシャベルでいてほしかったんだ」

「ぴぃ?」

 オリちゃんから不思議そうな声がした。

 ボクはシャベルを両手で抱えた。


「ぴっ!」

 オリちゃんが元気づけるかのようにシャベルが熱を持った。


「ありがとう、オリちゃん」

「ぴぴっ」

 嬉しそうにオリちゃんは返事をした。 


 おじちゃんがボクの頭をぐりぐりなでる。

「頭、ぐりぐりしないで」


「ふんっ」

 おじちゃんがニヤっと笑う。


「それはわかった。わかったんだが……」

「何?」


「オリハルコンじゃなくてヒヒイロカネな」

「いいじゃん、どっちでも」


「よくないから」

 おじちゃんは変なことにこだわる。


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