第26話 ボクのシャベル

 さっきまでの音とは違う音だった。


 からん

という音もして、地面に何かが落ちる。

 白い三角形の金属。正三角形じゃなくて、二等辺三角形っぽい見慣れた形。……見慣れてはいない。よく見たことがあるのだけれど、何かが違う白い三角形。


 ケンちゃんの手にはシャベルの柄が握られているのに、頭の部分が地面に落ちていた。


「っふ……」

 息を吸う音がした。

 何が起きたのかわからなかった。わかっていたけれど、信じたくなかった。


 ケンちゃんが持っていた柄の部分を離すと、カランという音がした。

「ひっ……」

 ボクの目の前に、頭の部分と柄の部分が別々になってしまった、ボクのシャベルがあった。


「う…………」

 本当に悲しいことがあった時って、すぐには反応できないもんだね。


 ケンちゃんも固まっていた。

 石こうで固められたみたいに、ピクリともしなかい。


 ボクのつぶらな瞳から涙が出てきた。


「ひっ……、ひっ……」

 喉の奥が熱くなって、呼吸が変になった。


「うわ~ん、うわ~ん、うわ~ん、うわ~~~~~~ん!」

 ボクの大事なシャベルが……。


「あ……」

 ケンちゃんは何かを言おうとしていた。

「うわ~ん、うわ~ん」

 でもボクは泣くことしかできなくて、それを聞くことはできなかった。


「うわ~ん、うわ~ん、うわ~ん」

 自分でもうるさいと思うよ。でも、声を出していないと、悲しくて耐えられそうになかった。


「うわ~ん、うわ~ん、うわ~ん!」

 ケンちゃんは何も言わずにくるりと向きを変える。


「うわ~ん、うわ~ん、うわ~ん」

 そして、泣いているボクを置いて、おじいちゃんの家の洞窟を出て行った。


「うわ~ん、うわ~ん、うわ~ん」

 ボクはただ泣いた。

 思いっきり泣いた。


「うわ~ん、うわ~ん、うわ~ん」

 だって、純真無垢なボクのように真っ白で、愛くるしいボクの手にちょうど良いシャベルが……


「うわ~ん、うわ~ん、うわ~ん」

 ママが買ってくれたシャベルが……


『大事に使うのよ』

と、優しく言ってくれたのに……


「うわ~ん、うわ~ん、うわ~ん」

 壊れちゃった……。

 もうしばらく、このまま泣かせてほしい。


「うわ~ん、うわ~ん、うわ~ん」

 そしたら、ボクはきっと復活するから。

 絶対に復活するから。


「うわ~ん、うわ~ん、うわ~ん」



***



「うっく……、ひっく……」

 ひとしきり泣いて、落ち着いてきた。


「すん、ひっく……」

 鼻水がたれる……


「ふえっ……、えっ……」

 持っていたティッシュで鼻を拭く。


「プシッ~」

 ……。


「ケンちゃん……」

 はいなくなっていた。


「すん、すん……。っく、すん……」

 ケンちゃんがいないのを見ると、また新たな悲しみがこみあげてきたけれど、いられても困る。


「うっく……」

 目の前には、純真無垢なボクのように真っ白で、愛くるしいボクの手にちょうど良い大きさのシャベルの頭の部分と柄の部分があった。どうみても離れていて壊れていた。


「ママが買ってくれたのに……」

『ショウちゃん、大事に使ってね』

 脳裏にこのシャベルをくれたママの顔が浮かんだ。


「ひっく……」

 ママが大事に使ってって言ったシャベルが、もらってそんなに経ってないのにもう壊れてしまった。しかもボクじゃなくて、ケンちゃんが使って壊された。


 こう言うと、ケンちゃんが悪いように聞こえる。

 壊したのはケンちゃんだけど……。


「ママ……」

『男の子は泣いてばかり居たらだめだよ』

 ママがいつも言っていたことを思い出していた。


『泣いてもいいけど、泣いた後は涙を拭いて、涙をふいて立ち上がるんだよ』

 ボクが泣いていると、ママはいつもそう言ってくれた。


「ひっく、っく……」

 ここで泣いていても、何の解決にならない。時間が過ぎていくだけだ。


「ぅきゅ……」

 ボクは、壊れてしまったボクのママが買ってくれて純真無垢なボクのように真っ白で、ボクの手にちょうどいい大きさのシャベルの破片をふたつ、握る。


「みゅ……」

 シャツの袖で涙をぬぐう。


「……行かなきゃ」

 ボクは立ち上がる。ママに言われたように。


「……あの場所へ」

 ボクは先祖伝来の謎が隠されている、洞窟の奥へと向かった。


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