第2話 おじいちゃんの家の洞窟(後編)

「どいたから行くぞ」

 なんでもなさそうな感じでケンちゃんは言った。ボクが嫉妬するくらいあっさりと。


 そしてボクを部屋の出口方向へ小突く。

 これはちょっとひどいんじゃない?


 素直に行きたくなくなった。

 ぷんぷん。


「まだダメだよ。この先、ここを掘っていけば、きっと地底人がいるんだ!」

 自分でも何を言っているんだろうとは思っていた。これが一人ノリツッコミという物だろうか? よくわからない。

 でも、ケンちゃんの言うことを聞くのが嫌だった。


「地底人?」

 ケンちゃんはケン悪な顔をしていた。ケンちゃんだけに。


「そう、地底人」

 頭にパッと浮かんだのが『地底人』だった。

 地面掘ってたし、なんとなく。


「いるわけねーだろ」

 ペンとボクの頭をはたく。軽くちょこっとだけど、やっぱりちょっとムッとする。それもあって、ボクはますます引けなくなった。


「いるよ! この先に、きっといるんだ」

 地面を指さして言う。

 心の中では『あれ? どうしよう』と思ってはいた。


「いねーから。さっさとじーちゃんち、戻るぞ」

「いるもん!」

「いねーよ」

 ボクの必死の訴えに、ケンちゃんは覚めた顔で言う。


「だって……、だってボクは地底人なんだ」

 自分でもどうしてこんなことを言ってしまったのかわからない。


「それで……、ボクはボクと違う地底人に会おうとして、この穴を掘っていたんだ」

 えっと、この設定で行ってみようかな?

 言いながら、ヤバいとは思っている。


「おまえが地底人なら俺も地底人か?」

 思ってもいなかった返しに、ボクはアレ? と思った。


 ちょっと考えてみる。

 思いつきで言ってはいたが、ボクはきちんとつじつまを合わせようとしてみた。


「ケンちゃんは違うかな? ボクはずっとここにいたけど、ケンちゃんは外から来たから」

 仲間外れにされたのが嫌だったのか、ケンちゃんはムッとする。


「おまえもすぐに地底人をやめさせてやる」

 ケンちゃんはボクの手を引っ張って外に向かおうとした。


「待って待って待ってったら」

 ケンちゃん、けっこうバカ力なんだよね。ボクの持てる全ての力を使ってケンちゃんの手を振り払う。


「そういう気分で穴を掘ったら楽しくない?」

 ケンちゃんがボクをじっと見る。


「なぜ、穴を掘る必要がある?」

 ニコリともしない。


「そこに茶色い土があるからさ」

 ノリで答えてしまったら、ケンちゃんが本格的にボクを外へ連れ出そうとした。


「ジーちゃんの倉庫に勝手に穴を掘るんじゃない。マジでじーちゃんが困るだろうが」

 正論を言ってきた。


「でもね、でもぉ」

「でも、なんだ?」


「えっとぉ。冬は暖かく夏は涼しい洞窟の中で遊ぶのは、わりと楽しいんだよ」

「楽しい楽しくないじゃなくて、ここは遊び場じゃない」

 ケンちゃんが怖い。


「ボクとケンちゃんは地底人なんだよ!」

 スッとその言葉が出てきた。言ったら気持ちが軽くなった。


「さっきは違うって言ってたじゃないか」

 言ってたね。

「えっと……、ケンちゃんはこれから地底人になるんだ」


「なりたくねーよ、んなもん」

 だよね。ボクもそれほどなりたくない。


「なりたい、なりたくないは関係ないんだ。気が付くと地底人になってるんだ」

「はあ?」

 ケンちゃんはしばらく固まっていた。

 無理もない。


 突然地底人だなんて言われたんだもの。

 ボクだってびっくりだよ。


 この後、どうしよう。

 適当な設定、今から考えておくべきか?


「じーちゃんとばーちゃんは?」

 あの二人のことも考えないとだね。


「えっと……、おじいちゃんとおばあちゃんは昔は地底人だったんだけど、畑を耕してそれが認められて地上の人になれたんだ」

 即席にしてはよくない?


「それで、地底人だったから、ここの洞窟を保存庫として使わせてもらえているんだ」

 なんかスラスラ出てくるなあ。これが口から出まかせってヤツ?


「俺とおまえは認められていないから地底人って、そう言いたいのか? 俺はおまえと同じレベルだと?」

「えっと、えっと、そうじゃなくて……」

 むしろ違うんだけどな……。ボクは必死に考えた。


「じゃあ、ショウは地底人なんだから、ずっとここにいればいい」

 ケンちゃんが怒ったように言う。


「俺は地底人になりたくないから出て行くぞ」

 その言葉が、ボクに刺さって心がズキっと痛くなった。


 ケンちゃんはボクを置いてドアの外に行ってしまう。

 それを見ていたらボクは淋しくなった。目の奥がツンとした。


「置いて行かれたくなかったら来い」

 顔を上げると、ケンちゃんがボクに手を差し出していた。


「うん!」

 ボクは走り寄った。


「まったく、手間かけさせやがって」

 ケンちゃんがボクの手を握る。


「えへへ」

 ボクとケンちゃんは洞窟の部屋を出た。


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