第2話 おじいちゃんの家の洞窟(前編)

「じーちゃんち、戻るぞ」

 ケンちゃんは淡々と言った。怒るとかそういう感じではなくて、とっとと目的を果たそうという気持ちがダダ洩れだった。


「え~、嫌だよう」

 そう言うと、ケンちゃんはすぐ近くにあった洞窟の部屋のスイッチに手を置く。


「電気、消すぞ」

 こんなかわいいボクと話しているというのに、表情も変えない。


 おそらく、初めからこの展開を予想していたのだろう。ボクの頭を直接叩けて、なおかつボクが嫌がった時にすぐに電気を消せる場所に居るなんて、さすがとしか言えない。

 ボクよりも年上というアドバンテージを十分に利用している。


 年上というだけなんだけどね。

 それでも身長差はどうしようもない。ボクよりも早く生まれてすくすくと育ったケンちゃんはボクよりも20センチくらい高い。

 この差はけっこう大きい。


 あと、体力もちょっとだけあるし学校のお勉強はまあまあできる。力の差は仕方がない。ボクは非力なおこちゃまだからそれは勘弁してあげよう。

 シャベルを置き、すぐにケンちゃんの手元のスイッチをガードする。ちょっとだけ背伸びして。


「ダメだよ。真っ暗になっちゃう」

 暗いの嫌い。ここの真っ暗は半端ではない。ホントに真っ暗になる。けっこうすごくヤバい。


「電気代、もったいないだろ」

 ケンちゃんは地味に言う。もうちょっと感情とか出ないわけ?


「もったいなくないもん」

 ここは文明の利器を使っているので電気代はあまりかかっていない。ケンちゃんが思っている以上にかかっていない。


 とっても田舎だから、外の世界の文明とはちょっとだけ離れている。

 だから独自の技術がある。


 ケンちゃんはそれを知らない。


「ここは遊び場じゃねんだよ。じーちゃんに怒られるだろ」

 何を隠そう、ここはおじいちゃんの家の裏山の洞窟を利用した畑の収穫物をしまっておくお部屋だった。春や夏や秋に採れたお野菜を少しずつ食べるためにしまっておく。

 手掘り感のある壁だけど意外にきっちり部屋だった。


「おじいちゃん、怒んないもん」

 厳しそうに見えて甘い。特に孫にはとっても甘い。ケンちゃんもそれは知っている。

 だからしかめ面のまま固まる。


「じーちゃんが怒んなくても俺が怒る」

 怖い顔してケンちゃんは言った。

 ケンちゃんの独断と偏見で怒るということだ。


「ケンちゃんの意地悪……」

 ボクが言うとケンちゃんはそれに反応した。

「ちげーだろ。おまえがじーちゃんとばーちゃんに迷惑をかけないようにって、俺は叔母さんに頼まれてるんだよ」

 ケンちゃんの言う叔母さんはボクのママのこと。


「ママ、そんなこと言わないもん」

 ケンちゃんがママの話をしたから、ちょっとだけ目が潤んだ。


 春休みに入ってすぐ、ボクはケンちゃんと一緒に、おじいちゃんとおばあちゃんの家にお泊りで遊びに来ていた。


 これでもかというくらい田舎。すごく田舎とっても田舎。住めば都という言葉がよく似合う田舎だ。山があって川があって田んぼがあって、畑があって、おじいちゃんとおばあちゃんは農業をして暮らしている。


 古いしきたりがあるようなないような所だけど、おじいちゃんの命令でパパママは都会に残ってボクとケンちゃんが孫だけでお世話になる。ということになっている。

 ケンちゃんの下にほのかちゃんという従妹もいるんだけどボクよりも一個下だから来てない。


 ママ、どうしてるかな? ボクがいなくて寂しいんじゃないかな?

 ボクは淋しくないよ。ママが淋しいんじゃないかって心配しているだけ。鼻水出そうなのは、こころの汗ってことだよ。


「言ってんだよ。じーちゃんちにいる間は、俺がショウの面倒をみないといけないわけ」

 たしかに、『ケンちゃん、ショウをお願いね』ってママは言ってたけど、あれはケンちゃんを年上のお兄ちゃんとして立ててあげてただけで、リップサービスってヤツなんだけどな。

 ボクにそんなもの必要ない。


「ケンちゃん、面倒なんて見てくれてないじゃん」

 だからここで穴を掘っていたというのに。


 おじいちゃんとおばあちゃんの家に来る前に、ママが進級祝いに買ってくれたシャベル。白くてピカピカのシャベルを使いたかったのだ。


「遊ぶのと面倒を見るは違うんだよ。ショウは遊ぼうとしているからダメなんだ」

「違うもん。ぷぅぷぅ」

 どう違うんだ? と自分でもわからなかった。


「うるせーよ。ほら、行くぞ」

 ケンちゃんはボクの手を引っ張り、部屋から出ようとする。


「ダメだよ! あの石をどかすまでは行かない!」

 あとシャベルも置いてはいけない。


「石ぃ? どこだよ」

 ケンちゃんが面倒くさそうに言ったから、ボクは掘っていた穴のところまで戻る。


「この石」

 ボクのエネルギー充填120%のスコップの歌を必要としたのはこの石のためだった。穴と言うにはまったく平らなかすかに掘られた地面に灰色な石の一部が見えていた。

 それを指さす。


「ん……」

 ケンちゃんは穴の前にしゃがみ、石の周りの土を手でどける。それでも石の大きさはわからなかった。


「これ、借りるぞ」

 ケンちゃんは地面に置いてあったシャベルを指さす。

「うん」

 ボクがうなずくとケンちゃんは握る。意外とそういうの、ちゃんと聞くよね。俺様に見えて俺様じゃない。


 ボクはその様子をじっと見ていた。

 ケンちゃんは無言で地面にシャベルをさす。


 ザクっと音がした。

「っ!」

 ボクは息をのんだ。音からして大きい。ボクが使っていた時に出ていた音と違いすぎる。


 ケンちゃんはめんどくさそうな顔をしたままだったのに、ザクザクと石の周りを掘り出した。魔法もかけていないのに、ザックザックと掘っていた。


 ボクが目指していたくらい……、否、それ以上に早く、力強く。ザッザッザと、みるみる石が現れる。丸じゃなくて、いびつな形の灰色の石。


「ほら」

 ボクの握りこぶしよりも大きな石を掘り出し、ケンちゃんはボクの前にゴロンと転がした。


 茶色い土がところどころについているゴツゴツした石。小さいわけではないけれど、大きいわけでもない。でも小さい。ボクとしてはもっと大きくて何時間も掘らなければならないような石が埋まっているような気がしていた。


 もしもボクが掘っていたら、何時間もかかっていただろう。

 それをこうまでいともたやすく……。


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