第3話 改めて言われるとわからない
部屋を出ると、2mくらいの高さで人ひとりが歩けるくらいの洞窟が続く。手で掘ったところもあるけれど、自然の洞窟の部分もある。
(探検隊みたいな気分)
溶岩が流れて来たりいろいろな感じでできた洞窟で、長いことウチのご先祖様も使っていた。元々の使い道は倉庫ではない。
おばあちゃんのために農業をはじめたおじいちゃんが
(メタモルフォーゼってカッコ良くない?)
変身って意味だけど、ふつうの洞窟が倉庫になったってことで使ってもいいだろう。
(倉庫がロボットになるみたいだね)
なんかカッコイイ。
洞窟には工事現場にあるような電球も点いている。線でつながっているヤツ。それが入り口まで続いていた。
倉庫がロボットになったら、この線はロボットを彩るクリスマスツリーの飾りみたいになるんじゃないかな? ロボットも飾れるなんて、なかなかの優れモノだね。
明るいから歩くのに何の不安もない。
そう思った瞬間だった。
足に何かが当たり、つるっとすべって景色が回った。
「痛っ!」
ボクは地面にうつ伏していた。
痛くはないが軽く衝撃がきた。
顔を上げるとケンちゃんが立ち止まってボクを見ていた。
でも、ボクを起こそうともしない。
「どんくさくね?」
ボソっとそんなことをつぶやく。
たしかにボクはどんくさい。
でもこれはない。
わかっているんだから、言わなくてもいいじゃないか。
「ねえ、ケンちゃん」
「あ?」
ケンちゃんは面倒くさそうに返事をした。
これを返事と言うのなら、ケンちゃんのママであるボクのおばちゃんは怒るんじゃないかな? ボクの面倒を見るというのなら、ホント、もうちょっと常識を身に着けて欲しいよ。そんな態度で良いと思ってるのかな?
「
ボクが転ぼうものなら、誰もが我さきに手を差し伸べ、ボクが何もしなくても起き上がっている。しかしケンちゃんは見ているだけだった。
「んなことするかよ。男なら自分で起きろ」
ちょっとカチンとした。
「ねえ、ケンちゃん」
「あ?」
「女の子だったら自分で起きなくてもいいわけ?」
「女だって起きれるんなら自分で起きろ」
「じゃあ『男なら』って必要? ふつうに『起きろ』だけでいいんじゃない?」
ケンちゃんは返事もせずにボクを見ていた。
「男らしく、女らしくっていうのは時代に合っていないと思うんだけどな」
ボクとちょっとしか違わないのに、ケンちゃんの言葉からは昭和の香りがした。よくわかんないけどそんな感じ。
「時代なんて知るか。ってかいつまで寝てんだよ」
分が悪いと思ったのか話を変えてきた。
「この議論に決着がついたのならボクは起きようと思っている」
そうは問屋が卸さない。意味はわからないけど多分使い方は間違っていないはずだ。
「『男なら』と付けたことが気に障ったのなら悪かった」
おや? すぐに謝られてしまった。
肩透かしというか? あっさりと問題が解決してしまった。
「別にそんなことないよ」
「そうか?」
「うん」
もともとそんなにこだわってないし。
「じゃあ、なんで起きない?」
転がったままのボクに言う。
「ボクはね、ケンちゃん」
ケンちゃんはボクを見てじっと黙っている。
「転んだら、起こしてもらえてたんだ」
なんか言ったら?
「起きるって、どうやるの?」
思っていることを素直に言った。
すると、ケンちゃんはとても驚いていた。
そんなに驚くこと?
「どんくさいにも程があるだろ!!」
って怒った。そこまで言わなくても良くない?
でもなんか心配しているっぽいかも。ケンちゃんはすぐに怒るけど弱い人間を見捨てることができない。
「まず手……、手を付くんだ」
慌てながらそう言った。
「起こしてくれないんだ」
「んなことするか。俺が手を貸したら、いつまで経っても起きることができなくなるぞ」
ケンちゃんはボクを起こさずに、ボクの前でボクがしているのと同じようにうつぶせになった。
そして、ケンちゃんはしばらく考えていた。
どうしたんだろうと思っていると、
「手じゃないな。肘だ。まず肘を地面につけ」
ケンちゃんは見本を見せるようにボクの前で地面に肘を付いた。
自分でボクと同じ格好をしてみて、起き方のシミュレーションしてくれてるんだ。
真面目過ぎるよ、ケンちゃん……。
「ほら、俺の真似をするんだ」
必死な形相でケンちゃんは言う。
「やれやれ」
しぶしぶと肘を付いてみた。
「やれやれとか言うな」
ちょっと怒られた。
でも、これってちょっと新鮮かも。
やってみたら意外と楽しかった。いつもはふわ、ひゅんすたって起きてたからわからなかった。
「次は肘で地面を押す感じで膝をつく」
ケンちゃんがよつんばいになる。
「ふんふん、膝っと……」
それを真似した。
改めて言われるとなるほどと思った。
「それで手を付いて起きる」
ケンちゃんが正座した。
「とうっ!」
座れた。
「えへへへっ」
ふつうに嬉しい。
たまにはこういう起き方も悪くない。ふつうの人はこうやって起きてるんだな。
「周りに誰もいなかったらどうするんだよ。じいちゃんの家にはじいちゃんとばあちゃんと俺しかいないんだぞ」
正座して正面にいたケンちゃんがお小言のように言う。ボクも正座してるから、本格的に怒られているみたいだ。
「…………そうでもないんだけどな」
「近所のジジババのことを言っているのか? アレだっていつもいるわけじゃないだろ」
おばあちゃんは優しくて親切だから、近所のおじいさんやおばあさんが遊びに来る。おじいちゃんも意外と人望らしきものがあって、何かあると皆でおじいちゃんの意見を聞きに来たりもする。
でもケンちゃん、言い方が悪いと思うよ。
「ショウの家みたいに、叔母さんがつきっきりでいるわけじゃないんだ。自分でできることは自分でしろ」
「まあ、そうなんだけど……」
ふだんは自分でやっている。ただ、このやり方ではない。
「人任せもほどほどにしろ」
「はーい」
でも、ボクはケンちゃんが知らない秘密を知っている。
それはまだ言えない。
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