第23話 ケンちゃんの帰宅

 たんたんたんと足音がする。

 これは、ケンちゃんの足音……。


「むゅ?」

 おばあちゃんはもっとゆっくりだし、おじいちゃんは大天狗だから足音をさせない。小さかった音が近づいできて少しずつ大きくなってくる。


 びっくりするケンちゃんの顔が見たい。

 ボクはそっと、そぉっと布団から起き上がる。


 よつんばいになって、音を立てないように唐紙のところへ行く。

 少し開けて、ケンちゃんの部屋をのぞく。


 暗いかも……。

 ある程度は見えるけどね。


 すると、廊下と部屋を隔てている障子を開け、ケンちゃんが姿を見せた。廊下の明かりが後ろからさしてきて、なんかかっこいい。


 中学二年生のくせに……。

 無意味にズルい。


「俺、何やってんだろう……」

 土で汚れた手を見てケンちゃんがぼんやりと言う。


 一日中、洞窟で穴掘ってるとか、ボクには無理だ。

 ケンちゃん、本気で穴を掘っていれば地底人に会えるとか思ってるのかな?

 そういえば地底人設定あったけど、アレ、どうしようかな。


「ま、いっか」

 ケンちゃんはそう言ってたけど、ボクも同じことを思った。

 それからケンちゃんは文机の方には行かず、和ダンスの方へ行く。


 ケンちゃん、お勉強はしないの?

 うかつだった。あんなに汚れていたら、お風呂に先に入りたくなるよね。手だけでなく全身土で汚れていた。


「ケンちゃん、タオル、脱衣所に置いておくわね」

 少し離れたところからおばあちゃんの声がした。お風呂場あたりから聞こえてきていると思われる。


「わかった。ありがとう」

 大きな声でケンちゃんが答える。


 お風呂が先だったか……。

 未来予知は苦手だった。


 ケンちゃんは和ダンスから下着とパジャマを出す。しかも、電気もつけずに正確に必要な物を見つけている。廊下からの光だけで和ダンスの中が見えているみたいだ。


「ん?」

 ケンちゃんがこっちを見た。

 まずいかも? ボクが開けた唐紙の隙間は狭かったけれど、ケンちゃんにはばれてしまうかもしれない。


 ボクは慌てず、ゆっくりと息を吸う。

 こ~こ~に~は~ だ~れ~も~ い~な~い~よ~

と、念じた。


 ケンちゃんはじっとこっちを見ている。


 無っ、無っ、むむむ~ぅ

と、念じていると、


「ま、まいっか」

 そう呟いてケンちゃんは部屋を出て行った。


 今日はけっこう危なかったかも。

 二度も無の境地をやらされるとは思わなかった。


 お勉強をしないという選択肢は思いつかなかった。

 未来予知はちょこっと難しい。


 このまま、暗い部屋を見ているのも暇だし……。

 も、ちょっと寝よ。


 布団に戻って寝た。



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