第21話 帰還(おじいちゃんのお家へ)

 「ふう……」

 ケンちゃんは泥だらけになって、一息ついていた。

 おじいちゃんの家の洞窟で……。


 なんでこんな時間まで穴掘ってるわけ?

 ボクはパパとママと夜景のきれいなレストランで豪華ディナーを食べてきたわけで、時間的には午後の8時ちょっと過ぎ。よい子はお部屋でくつろいでいる時間である。


 ボクが眠くなる前に帰れるようにという両親の配慮だった。

 この洞窟は先祖伝来の洞窟なわけで、けっこういろいろな場所に続いている。おじいちゃんが野菜置き場にしているのは、ほんの一部。


 都会にあるボクの家にもつながっていて、道がわかれば行き来が短時間でできる。

 ここを抜ければおじいちゃんの家があるのに、ケンちゃんが穴を掘っているから通れない……。


 洞窟の影からケンちゃんの様子を覗く。

 手の甲で顔の泥を払う感じ、羨ましいとか思ってないからね。ちょっとカッコイイかもだけど。


 今日はお昼ぐらいから都会の家に帰ってたんだけど、ケンちゃんはボクの留守中、ほとんど穴を掘っていたみたいだ。けっこう深い感じになってる。掘っているケンちゃんが隠れるくらいの穴になっていた。


 おっきいスコップを使っているわけじゃないよね? 純真無垢なボクのように真っ白で愛くるしいボクのお手てにちょうどいい大きさのシャベルで掘っているんだよね?


 すごくない?

 力もだけど、根気もあるよね。


 せっかく田舎に来たんだから、他に何かしてればよかったのに。


「特にやることなかったし……」

 ボクは声を出していなかったのに、ケンちゃんが答えた。


 ボクは気配を消し、茶色い壁に隠れるように貼りつく。

 背負っていたケンちゃんのギターが邪魔だったけれど、なんとか音もたてず。


「なんで俺、ひとり言いってるんだ?」

 無意識だったわけ?

 ケンちゃん、よっぽど淋しかったんだね。


 ボクは両手で口を押さえ、息を殺して気配をさらに消す。

 無になれボク、無なのだ無。


 ここでギターを持ったまま見つかったら、今日の努力が水の泡なのである。


「ま、いっか」

 ケンちゃんは穴を掘りだす。


 別の道、通ろう。

 ここは先祖伝来の迷路である。けっこう迷宮ラビリンスなんだよね。いざとなったら別の道を作っちゃえばいいし。めんどうくさいからやりたくないけど。


 ボクはケンちゃんにみつからないように、そっとそ~っとおじいちゃんの家を目指した。

 新しい道は作らなくてもすんで、なんとか洞窟を抜ける。

 人間はいなかったけれど、それなりの気配はした。


「ショウ」

 ご近所の妖さんだった。

「こんばんは」

 人間よりはぜんぜん安全だった。


「おまえんとこのケン坊は、なんで穴掘ってるんだ?」

 ケンちゃんがおじいちゃんの孫だということはみんな知っていて、奇妙なことをしていると噂になる。


「ボクにもわかんない。シャベルを渡したら、勝手に掘りだしちゃったんだ」

「そうか。見つかるんじゃないかってヒヤっとしたぞ」


「ボクもなんだよね」

「ショウは人間としても生きられるから見つかっても困らないだろ」


「人間はここから都会まで半日じゃ戻って来られないから」

「近道ができないのか」

「そうなんだよ」


「ほどほどにさせとけ」

「わかった」

 ご近所さんと別れておじいちゃんの家に入る。


「おばあちゃん、ただいま~」

 玄関に入るとそう言った。

 おばあちゃんがお部屋から出てくる。


「おかえりなさい。遅いからあっちに泊るのかと思ったわ」

 当たり前のようにおばあちゃんがボクに言う。


「どうしたの?」

 ボクがすぐにお返事しなかったからおかしいと思ったみたいだ。おばあちゃんってすごいなって改めて思った。


「すぐだもん。おじいちゃんの家に戻るつもりでいたよ」

「それにしては遅かったんじゃない? 心配しちゃったわ」

 八歳のこんなに可愛らしい子がひとりで出歩くのは危ない時間だった。


「パパとママと夜景がきれいなレストランでお食事をしていたんだ」

「あらあら、いいわねぇ」

 変だって思わないみたいだった。


「とってもおいしかったよ。こんどはおばあちゃんも一緒に行こうね」

「行けるかしら。ふつうに行くと遠いもの」


「大丈夫、ボクが連れて行ってあげるよ」

「まあ、嬉しいわ」

 本当だとは思っていないようにおばあちゃんは言ったけれど、ボクはわりと本気だった。


「楽しみにしててね」

「はいはい」

 おばあちゃんは嬉しそうに笑う。


 本気にしていないのかな? と思っていると、

「ふふふ。楽しみね」と見ているだけでほっこりするくらいでおばあちゃんがほほ笑んだ。


 ホントに今度、連れて行ってあげよう。


「じゃあ、ボク、もう寝るね。ちょっと疲れちゃった」

「お風呂は、入った方がいいんじゃない?」


「お家で入ってきた」

「そう、よかったわね」


「うん」

 うなずいて、ボクの部屋に行こうとした。

 でもちょっと気になることがあって、立ち止まる。


「おばあちゃん、ケンちゃんには、ボクがギターを持ってきたこと、言わないでね」

「言わないの?」


「『どうして俺のギターがここにあるんだ』って驚いてほしいんだ」

「それならもう少し早く帰ってきた方がよかったんじゃない?」


「久しぶりにパパとママに会えて嬉しかったんだ」

「かわいいショウちゃんを返したくなかったのね。おばあちゃんもショウちゃんがいなくて淋しかったわ」


「ごめんね、おばあちゃん」

「いいのよ。ショウちゃんが無事に帰ってきてくれてよかったわ」


「うん。ありがとう」

 やっぱりおばあちゃんは優しい。


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