第19話 ケンちゃんのママでボクのおばちゃんはママのおねえさん

 ママの運転でケンちゃんの家に来た。ケンちゃんの家はボクの家から車で10分くらい。ボクの家は閑静な住宅街だけど、こっちは駅に近いところにあるマンションで、なんとなく騒がしい。

 エントランスに入り、ママはインターフォンでケンちゃんの部屋番号を押す。


 しばらくすると

『はい』というケンちゃんのママ、ボクにとってはおばちゃんの声がした。ケンちゃんのママっぽい淡々とした低い声。機嫌が悪そうに聞こえるけど、そうではない。これがおばちゃんのふつうである。


「おねえちゃん? わたし~」

 インターフォンにママが言う。おばちゃんに対するママの態度はいつもよりもさらに若くなる。


『「わたし」じゃないわよ。来るなら連絡入れなさいっていつも言ってるでしょ』

 インターフォンからおばちゃんの声がして、自動ドアが開いた。文句は言うけれど入れてくれる。


 やっぱりケンちゃんのママ。

 言ってることとやってることが違うのが同じ。


「ありがとう」

 カメラでおばちゃんには見えているからなのか、嬉しそうな笑顔でママが言った。

『急に来たんだから、何も出さないわよ』

 怒っている感じのおばちゃんの声がエントランスに響く。


「ショウちゃん、行きましょう」

 ボクにそう言ったから、

「は~い」と答えた。

 ママはボクの手を引いて、自動ドアを通る。


『ちょっと、聞いてるの?!』

 ボクとママがいなくなったのに、インターフォンからおばちゃんの声がしていた。


 エレベーターに乗るとすぐにボタンを押す。

 ママはよく来ているから慣れた感じだった。


「おねえちゃん、どんな顔するかしらね」

 ちょっぴり浮かれた感じでママが言う。

 ママは慣れていたけれど、ケンちゃんと田舎にいるはずのボクがここにいるから驚くかもしれない。


 でもそれはいらない心配だった。

 おばちゃんの部屋まで行くと、

「私が出かけてたらどうするつもりだったのよ」と真っ先にそう言ってた。


 居間に通してもらって、おばちゃんはお茶の用意をしてくれていた。

 何も出さないって言ってたのに出てきてた。

 言ってることとやってることが親切な方に真逆だった。


「だってお姉ちゃん、お休みだから家にいるって言ってたじゃない」

 おばちゃんとお話する時、ママはいつもよりも甘えた感じになる。きっと、おばちゃんといると安心するんだろう。

 ボクといる時はもうちょっと頼りがいがある。


「言った時はそうでも、その後、気が変るかもしれないでしょ」

「お姉ちゃんはあんまり気が変らないもの」


「万が一ってこともあるの」

「居たからいいんじゃない?」

 おっとりとした感じの笑顔でママが言う。ホントに嬉しそう。


 それにこのやりとり、勉強になるかも。

 ボクはおばちゃんが用意してくれたお手拭きで手を拭く。


 ケンちゃんそっくりの無言だけど、テーブルの上にはいい香りの紅茶と、いつの間にかお菓子も並んでいる。

 意外と乙女なおばちゃんだった。

 短時間にパパパっと用意されちゃうのすごい。


「いただきます」とボクが言うと

「いただきます」とママも手を拭いて当たり前のように言う。


「…………どうぞ」

 笑顔のボクとママとは対照的に仏頂面のおばちゃんが言う。

 ケンちゃんそっくりだった。ケンちゃんがおばちゃんに似たと言う方が正しいかもだけど。


 ボクはお皿に乗っていたクッキーを食べた。

 ……おいしい。


 厚めのイギリスの田舎風なクッキー。

 おばちゃんはバリバリのキャリアウーマンで家事もできる。


「それで、何しに来たの?」

 キビキビと聞いてきた。


「そうだ。お願いがあったから来たのよ」

「お願い?」


「ショウちゃんがケンちゃんのギターを持って行きたいんですって」

 ママはほのぼのと言うと、きびっとした態度でおばちゃんがボクを見た。ちょっとびっくりした。


「ショウくん、ケンとおじいちゃんの家にいたのよね?」

「うん」


「ケンはどこにいるの?」

「おじいちゃんの家にいるよ」


「あの子は自分で動かず、年下のショウくんにギターを持ってこさせようとしているの?」

 おばちゃんの機嫌が悪くなったような気がした。でも、そう見えるだけで、違うことが多い。


「違うよ。ケンちゃんのギターがあればうたってくれるって言うから、ボクが取りに来たの」

「同じことよ。まったく、何なの? あの子は」

 おばちゃんの口調がキツくなった。


「まあまあ、お姉ちゃん、落ち着いて」

「おばちゃん、違うの。ボク、ケンちゃんを驚かせたくて、ひとりで取りに来たの」


「え? ひとりで?」

 やばいかも?


「えっと、途中まではおじいちゃんと一緒」

「お父さんが来てるわけ?」

 おばちゃんの顔がますます怖くなる。


「途中までだよ。用事があるからって、そっちに行っちゃったから」

「それにしたって、ショウくんをひとりで来させるなんて。まったく、お父さんときたら、ここまで連れてくるくらいの配慮があってもいいでしょ?」

 ボクはぷりちーな8歳児だもんね。

 おばちゃんの心配もわかるよ。


「私もショウちゃんに会えて嬉しかったもの。お父さんのおかげよ」

「お父さんのおかげじゃないわよ。そもそもお父さんが言いだしたんでしょ。春休みにケンとショウくんを田舎で過ごさせるって」

 表向きはそういうことになっている。


「あなただって、春休みにショウくんと一緒にいたかったでしょ?」

「久しぶりにパパと二人きりもいいわよ」


「春臣さんは?」

 ボクのパパの名前。


「接待ゴルフ」

 だからいなかったんだ。


「二人っきりになっていないじゃない」

「今日はね、ちょっと怒ってるわ」

 ママはニコニコ笑顔で言ってたけど、ちょっとだけ空気がピリっとした。


「だから今夜は夜景が素敵なお店でディナーなの」

 非の打ち所がない素敵な笑顔。ちょっと怖いかも。


「そうだ。ショウちゃんも行く?」

 急にママがボクに言う。


「パパに思いっきり贅沢なディナー、ごちそうしてもらいましょう」

 贅沢なディナーか……。

 ちょっとだけ迷う。

 ボクとしては早くケンちゃんのギターを届けたいのだけれど。そしてシャベルの歌をうたってもらいたいんだけど……。


「行く!」

 贅沢なディナーと聞いて、そうするしかなかった。


「お姉ちゃん、ケンちゃんのギターを預かったら、ランチ行きたいな。お昼ごはんはまだでしょ?」

「外食ばかりじゃ栄養が偏るわよ」

「今日だけ、ね? ショウちゃんとお姉ちゃんとランチ食べられたら嬉しいな」

 ママのおねだりと言う名の攻撃。

 やっぱりママはすごい。8歳の子どもがいるとは思えない可憐さ。


「行かない」

 おばちゃんはそれをきっぱりと拒んだ。

 ママが生まれたときから一緒にいるから、免疫ができてるのかもしれない。ふつうなら断ることなんてできないのに。


「え~」

 残念そうにママが言う。

「野菜中心のお昼を作ってあげるから、食べて行きなさい」

 おっと、別の案を出してきた。


「へへ」

 ママは本当に嬉しそうな笑顔になった。


「何よ」

 仏頂面でおばちゃんが言う。

「お姉ちゃん、大好き」


「いい歳してバカなこと言ってるんじゃないの」

 おばちゃんも口ではいろいろ言うけれど、ママのことが大好きなんだな。


 それからおばちゃんが作ってくれたお昼を食べて、ケンちゃんのギターを受け取った。


 急いで戻ろうと思っていたけれど、今日はゆっくりしよう。

 ちょっとだけ予定変更。



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