第15話 ケンちゃんは人の子

 中野ストアのおばさんに桃のジュースを見せて買おうとした。

「おや、ショウくん。ジュースなんて飲むのかい?」

 いつもならジュースではなくて桃の実の方を食べてる。


「うん。おじいちゃんがどっか行っちゃってて」

 それはおじいちゃんが年がら年中桃の実がなっている場所から持ってきてもらうからだ。


「そんな遠くに行ってないだろ?」

 おばさんが言う遠くではないは、人からするとけっこう遠い。ボクはひょいって行けるけど。


「ケンちゃんいるから、待ってなきゃいけないんだ」

 人間っぽく待っているといつになるか本当にわからない。おばさんは外で待っているケンちゃんを見る。


「おやおや珍しい。人の子が来るなんてね」

「それでもボクの従兄だし」


「大僧正さまの血も薄まってきたからね」

「そうなんだけどねぇ」

 薄まっているからなのか、ケンちゃんがはっきりと人間、という感じがしない。もやっと妖の気配がするようなしないような。だから、これからおいおい調べるつもりだった。


 おばさんがジュースを新聞紙に包んでくれた。受け取るとけっこう古い新聞だった。タイムスリップしたんじゃないかって勘違いしそうに古いんだけど。


「もっと新しい新聞ないの?」

 昭和の新聞だった。


「いやいや、昨日手に入れた新聞だよ」

 さわやかな笑顔でおばさんが言う。さわやかすぎるのが怪しい。


 たしかに綺麗な新聞だった。昨日というのも本当だろう。おばさんの時間でだと思うけど。おばさんは地味にお洒落シャレなことをするのが好きで、ここに紛れ込んだ人間が驚くのをこっそりと楽しんでいる。


「ケンちゃんがどう言うのか、ちょっと楽しみかも」

 新しい昭和の新聞を見て、わくわくしてしまった。

「ショウくんならそう言ってくれると思ったよ」

 ニヤッとするおばさんにお金を渡してお店を出た。


 ボクが出てくると、ケンちゃんが寄ってきた。

「ん……」

 ケンちゃんが手をにゅっとボクの方に出してきた。


「何?」

 首をかしげた。何がしたいのかわからない。


「……ん」

「おつりはないよ」

 金額ぴったりだったし。


「ん!」

 ちょっと怒ったように言って、ケンちゃんがボクが持っていた新聞紙に包まれた瓶を持つ。ボクが手ぶらになった。


「ケンちゃん、悪いことしようとしているんじゃないんだから、『ん』以外の言葉、しゃべってよ」

「知らね」

 それだけ言って、ケンちゃんは瓶を持ったままおじいちゃんの家に向かって歩く。




 ちょっとだけ黙って歩く。


「そういえば、何、話してたんだ?」

 ケンちゃんが言う。ちょっと話し込んじゃったし。

 ただ、内容を知られるわけにはいかない。


「世間話?」

「ショウが?」

 お買い物がひとりでできない八歳児が世間話も変かも?


「ケンちゃんが知らない、積もる話があるんだよ」

「そか……」

 ボクと話すの、面倒くさくなってるよね?


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