第14話 桃のジュース

 中野ストアは中野さんがやっている。

 基本は八百屋さん。野菜やくだものが並んでいて、そこがメインだけどお菓子も置いてある。


 奥に行けば文房具も売っている。お店にいる中野さんに聞けば、その他の物も出てくる。こじんまりしているけれど、四次元〇ケットみたいなお店だった。

 うちのおじいちゃんの家とも似たような感じ。


 ケンちゃんはじっとくだものが乗っている棚を見ていた。

 いちごとかみかんとかキウイとかビワとか。それをじっと見て止まってる。


「どしたの?」

「桃、ないな」

「桃がなるのは夏くらいじゃないかな?」

 今は春休みだもの。


 ケンちゃんがボクを見た。

「じーちゃんに頼むと、桃が手に入るってばーちゃんが言ってたよな」

「うん」


「八百屋になくて夏にならないと買えない物が、どうしてじいちゃんはすぐに手に入れられるんだ?」

 中野ストアは八百屋さんじゃないけどそういうことにしておこう。説明が面倒くさいし。


「おじいちゃんだから」

 ボクがそう言うと、ケンちゃんは黙ってしまった。いろいろ言われると面倒だからいいけど。おじいちゃんだからで言い切るのも無理がある。


「てかケンちゃん」

「ん?」


「スーパーに行けば、桃が手に入ると思ってない?」

 ケンちゃんは答えなかった。それは、ケンちゃんが桃のなる時期を知らなかったということだ。


「ケンちゃんは都会っ子だね」

 おばあちゃんのまね。

「ショウはわかってたのか?」

「うん」

 ボクも知ったのは最近だったけどね。


 桃が欲しいと駄々をこねたら今は無理と言われた。それで桃の花が実になるとスーパーで売っているおいしい桃になることを知った。

 おじいちゃんは春だけでなく、夏も秋も冬も桃がなっている場所に行けるけど、ボクはまだ行けない。だから諦めた。


「だからほら、桃のジュースならあるんだよ」

 1リットルのビンに入った桃のジュースを持ってケンちゃんに見せた。


「高くね?」

 ビンに貼ってあった値札を見てケンちゃんが言う。

「高いね」

 おばあちゃんからもらったのは千円札。でもジュースは1200円だった。


「こっちにしろ」

 ケンちゃんは缶に入ったジュースを持ってボクに渡す。200円だけどちょっと小さい。


「こっちがいい」

 缶の桃ジュースを返してビンをしっかりと握る。

「ダメだ」

 ケンちゃんがまた押し付けてくる。


「こっちならコップに入れて、みんなで飲めるよ」

「俺はいらねーし」


「おばあちゃんは喜んでくれると思うよ」

 ケンちゃんがちょっと考える。


「ばーちゃんの分」

 もう一缶、ボクの横に置く。ビンと缶を持ってボクの手がいっぱいだったから。


「ボク的には、缶よりもビンの方がつるんとしてておいしい気がする」

「んなわけあるか……」

 ボクからビンを取り上げて缶を持たせる。


「おいしいね、おいしいねって言ってくれるおばあちゃんの姿が、ボクには想像できるよ」

 2つの缶を置いてビンを持つ。


「足りない分はどうするんだよ」

「ボクが払うよ。ママから『困った時に使いなさい』っておこづかいをもらっているんだ」

 ケンちゃんが思っている以上にお金は持っている。ふふふん。


「無駄遣いすんな」

「無駄じゃないよ。みんなでおいしい桃のジュースが飲めるんだよ!」

 

「絶対におばあちゃんは喜んでくれるから」

 ボクのキラースマイルのおかげか、ケンちゃんは缶の桃ジュースをもとの場所へ戻した。そしてポケットの中をごそごそしてる。


 何をしているのだろうと思っていると、

「ほら……」とお金をくれた。百円玉を二枚。足りないビンの桃ジュースのお金。


「いいの?」

「ポケットにたまたま入ってたからやる」

 てか、ケンちゃん、お財布持ってないの?

 まいっか。


「ありがとう、ケンちゃん」

 ケンちゃんは照れたようにお店の外に出て行った。


「おばさ~ん、桃のジュースください!」


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