第16話 コップの歌をうたってみよう

「おばあちゃん、ただいまっ!」

 おばあちゃんは外用のほうきで玄関のお掃除をしていた。


 かけよって声をかけると、顔を上げてボクとケンちゃんの顔を見る。

「おかえりなさい」とおばあちゃんは満面の笑顔で出迎えてくれた。


「……ただいま」

 ケンちゃんもおばあちゃんには素直。小さな声だったけどそう言った。


「おばあちゃん、ケンちゃんがね、桃のジュースを持ってくれて、足りなかった分も払ってくれたよ」

 おばあちゃんはケンちゃんが持っていた桃のジュースを見る。


「あらあら、ビンのジュースを買ってきたの?」

「うんっ、みんなで飲めるよ」


「そうね、ありがとう」

 おばあちゃんはニコニコしてボクに言ってくれた。


「ケンちゃん、ありがとう。足りなかった分はあとであげるわね」

 おばあちゃんはケンちゃんにもそう言っていた。

「いいよ。俺も飲むし」

 にこりともせずにケンちゃんは言う。さっきまで飲まないって言ってたくせに、おばあちゃんの前だと素直になるよね。


「遠慮しないで。久しぶりに遊びに来てくれたんだから」

 ケンちゃんはめったに来ないからしかたがない。でもボクはしょっちゅう来てるんだよ。

 おばあちゃんはケンちゃんの頭をなでる。


 ケンちゃんからうれしそうな空気が流れてきた。

 おばあちゃんのこと大好きだよね、ケンちゃん。今回は桃のジュースも持ってきてくれたからしかたがない。


「ボク、コップ、用意してくるね」

 急いで靴を脱いで家に入ると台所へ向かう。

 小さく早歩きで優雅に歩いて、ボクは廊下を抜けて棚の前まで来た。


「えっと、コップ、コップ……」

 壁に背中がくっついている棚にいろいろな食器が並んでいる。


「桃のジュースがおいしく感じられるコップップ」

 透明なガラスでできたコップがあった。


「あった」

 コップを棚から取り出す。


「コップ、コップ……」

 そう言いながらテーブルにコップを置いた。


 ん?

 思わず口から飛び出ていた言葉。

 もう一度、棚からコップを取り出す。今度は両手で二個。


「コップコップ……」

 どこかで聴いたフレーズ……。


「ん、コップ、コップ、コップコップ~」

 これは、もしや?

 驚きと共に二個のコップもテーブルに置く。


「ん、コップ、コップ、コップップ」

 まさか!

「んコップコップ、コップコップ~」

 おお、どこか懐かしい。

 そしてとてもなじんだ曲……。


「んコップコップ、コップップ」

 踊ろうとしたところで後ろからペンとはたかれた。


「痛いよ、ケンちゃん」

 確認するまでもなかったけれど、後ろを向いたらケンちゃんがいた。

 桃のジュースを持っている。


「スコップはやめろって言っただろ」

 地味な声でケンちゃんは言う。でもちょっと怒ってるぽい。


「だから『ス』は言っていない。ゆえにコップの歌!」

 うたの名前は強調してみた。

 うむ、決まった。


 ケンちゃんは表情を変えない。

 かっこいいけどうらやましいとか思ってないからね。


「スコップとメロディー一緒じゃねーか」

「でも『ス』を言ってないもん。だからコップの歌」

 ケンちゃんは黙っていた。


「ホントはケンちゃんもうたいたいんでしょ?」

 昨日、シャベルでうたってたもんね。ケンちゃんだって作詞作曲をしたいはず。


「うたいたくない」

 いつになく返事が早い。


「ケンちゃん、お歌、上手だったよ」

 そう言うとケンちゃんは固まった。


「ホントはうたうの大好きなんじゃない?」

「……好きじゃない」

 でも、とっても小さな声。


「ボクは大好きだよ」

 好きな物を題材テーマにして、思いのままにうたって踊る。

 それはとっても楽しい。


「だから一緒にうたおうよ」

「ヤダ……」


「ケンちゃん」

 ボクはケンちゃんをじーっと見つめる。


「……ターがないから嫌だ」

 これぞ蚊の鳴くような声。聞き取れないくらいに小さな声だった。

 ボクが首を傾げていると、


「ギターがないから嫌だ」

と少し大きな声で言った。ボクの耳がとってもいいから聞こえた。モスキート音を聞きとったくらいの感じだった。


 そしてケンちゃんはコップに桃のジュースを注ぐとお盆に乗せ、逃げるように立ち去ろうとする。

 そこへすかさず声をかける。


「ギターがあればいいんだね?」

 ケンちゃんが振り返る。

「俺のギターじゃなければダメだ」

 それはそれはいくつの悪事を働いてきたのであろうという顔でそう言った。


 なぜ、そこまで凄む?


「わかったっ」

 笑顔でボクは答えた。


 ケンちゃんは何か言いたそうな顔をしていたけれど、向きを変えるとジュースを持っておばあちゃんの部屋へ向かった。


 だいたい何を言いたいのかわかったから、ボクは何も言わなかった。



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