第13話 桃を買いに

「おばあちゃん、ケンちゃんと桃を買ってきていい?」

 居間で昨日の洗濯物をたたんでいたおばあちゃんに聞いた。


「桃?」

 そう言っておばあちゃんは首をかしげる。そんな仕草もゆったりしていて、おばあちゃんはいつも上品だった。

「桃!」

 コクコクうなずいて言う。


「ごはん、足りなかった?」

 心配そうにおばあちゃんは言うからボクは首を振った。

「ごはんと桃は別腹だよ」

 おばあちゃんにこんな顔をさせたらいけない。


「別腹?」

 おばあちゃんはゆっくりと首をかしげる。

「そう。別腹」


「別腹なんてないわよ。あったとしても、ショウちゃんのおなかに入るのは一緒なんだから、おなかいっぱいになって苦しくなっちゃうわ」

 ゆったりと優雅におばあちゃんは言う。

 さすがママのママ。なんでも言うことを聞いてくれそうな優しそうな顔で、非の打ち所がない反対の理由を言ってくる。


「おばあちゃん、ダメ?」

 目をうるうるさせて言ってみた。理屈では勝てそうにないから泣き落とし。


「そうねえ」

「おばあちゃん……」


「じゃあ、おじいちゃんが帰ってきたら、取ってきてもらうわね」

 地味にダメに当たる。おばあちゃんにその気がなくても無理に近い。


「おじいちゃん、すぐ帰ってこないよ?」

「そうねえ……」

 おじいちゃんはいつ帰ってくるかわからないことが多い。畑に行ったついでに違うところにも行ってるかもだし。


「おばあちゃ~ん」

 上目遣いをして、おねだりモード発動した。

 ケンちゃんが無言の圧力をかけてきたけれど、それは華麗にスルーする。桃が食べたいボクの気持ちはゆるがないし、こうなったら意地でも食べたくなってきた。


「う~ん」

 でも、おばあちゃんも首を縦には振らない。


「桃のジュースでもいいんだけどな……」

 ちょっとだけ譲歩してみた。


「う~ん」

「桃のジュースなら中野ストアにあるよね。行って戻ってきたら、ちょこっとお腹空いてると思うんだ」

 中野ストアはおじいちゃんの家の近くにある雑貨屋さんだった。八百屋さんがベースだったけれど、野菜や果物の他にジュースやお菓子や雑誌も売っている。個人でやっている規模の小さなコンビニとか道の駅のようなお店だった。


「それならいいかしら」

 ようやくおばあちゃんがそう言ってくれた。

 店長は中野さんだけど、もうずっと中野さんをやっているから、おばあちゃんも安心してボクらを送り出せるのだろう。

 地味に人間からの信頼を得ているんだね、中野さん。よかったよかった。ボクもうれしい。


「じゃあ、ちょっと待っていてね」

 おばあちゃんはお財布を持ってきて、桃のジュースのお金をくれた。

「ありがとう」

 満面の笑みで言う。これでもかととっても笑顔。


「ケンちゃん、ショウちゃんをお願いね」

 おばあちゃんがケンちゃんに言う。

「大丈夫だよ!」とボクが言ったら

「おまえが返事すんな」とケンちゃんが怒った。


 でもおばあちゃんにはボクよりもずっと素直な感じで

「わかった」と小さく言った。


 ケンちゃんはボクの面倒をみることに、異様なまでに執念を燃やしている。ママはそこまで頼んでないと思う。リップサービスっていうか、その程度のものなのにね。


 おばあちゃんはニコニコしてケンちゃんの頭をなでた。おばあちゃんにとってケンちゃんもかわいい孫に違いない。ボクがかわいい孫なのは当然だし。


「気を付けて行きなさいね」

「は~い。行ってきま~す」とボクが言うと

「行ってきます」

 低くて小さい声だったけれど、ケンちゃんもちゃんとそう言っていた。


「行ってらっしゃい」

 おばあちゃんは愛くるしい孫たちのはじめてのおつかいを見送るかのような笑顔だった。おばあちゃんの愛情に包まれ、ボクとケンちゃんは中野ストアへ向かう。


「ばーちゃん、困らせてんじゃねーよ」

 おばあちゃんが見えなくなるとケンちゃんが言う。


「困らせてないもん」

 歩きながら答える。ボクの方が中野ストアの道を知っているから、ボクが先。

「金までもらってるし……」

「おこづかいをもらうのも孫のつとめだよ」

「そんな務めがあってたまるか」


「めったに会えない孫が遊びに来たんだから、無邪気に甘えるのは孫がすべきことなのである」

「つごうのいい解釈してんじゃねーぞ」


「負担をかけない程度に甘えないと、おばあちゃんも淋しいんじゃないかな?」

「負担をかけない程度って、そんなんわかるのか?」

「うん」

 ちょっとの間、ケンちゃんが黙る。

 きっと、いろいろ葛藤しているんだろうな。


 自分の家から遠く離れた田舎に住むおばあちゃんとの距離感がつかみづらいように見えた。


「……無駄遣い、すんじゃねーぞ」

 その結論に達したようだ。

「無駄遣いじゃないよ。おばあちゃんの分も買うし、みんなで一緒に飲めば美味しいよ」


「しかも桃のジュースだもん。ふつうのジュースの何倍もおいしいよ」


「……どうしてそこまで桃にこだわるんだ?」

「そこに桃があるからだよ」

 ボクがそういうと、ケンちゃんは遠くをみるような目になった。


 答えるの、あきらめたみたいな顔してた。そして黙って中野ストアに向かった。

 もうちょっと楽しそうな顔とかってできないのかな?


 それともこの顔がケンちゃんにとって楽しそうな顔なんだろうか。なんか疲れたような顔に見えるんだけど。

 それは聞いてみないとわからない。表情と考えていることが違うことって、あると思うんだ。


 聞いてみようとしたのに、中野ストアについたからやめた。


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