第12話 連想ゲームで桃になる

 次の日、おばあちゃんが朝ごはんを作ってくれてみんなで食べた。

 四人掛けの机に座って食べ終えると、


「畑に行ってくる」と、おじいちゃんが行って玄関へと向かった。

「私もお洗濯をしなくちゃね」

 とても息が合っている感じでおばあちゃんも言った。


 これは、桃が川から流れてくるパターンなのではないか?

 できすぎな状況にそんなことを思ってしまった。


 けど、おばあちゃんは川で洗濯をしていないから、桃は拾ってこない。おじいちゃんちの電化製品は何気に最新で、洗濯機も乾燥機能付きだった。ボクやケンちゃんが手伝う必要はない。たたむのはお手伝いしなければだけど。


 そんなことを思っていたら、桃が食べたくなったかもしれない。

 おばあちゃんの部屋にある縁側に座っていると、庭の桜が散っているのが見えた。昨日も散ってたけど今日も散ってる。昨日よりも木に咲いている桜が減っている気もした。


 桃の花が咲くのは桜の前だけど、さすがにまだ実はなっていないだろう。

 実がなるのって夏くらいだよね……。よくわかんないけどたぶん。


 花が咲いたのは三月とかだよね。ちょっと前くらい。実が成るのって大変だね。花が咲いて、何か月もかかって甘い桃になるんだもんね。


 ふと横をみると、ケンちゃんがいた。

 ケンちゃんはボクの隣に座って庭をじっと見ていた。


「ねえ、ケンちゃん……」

「あ?」

 ケンちゃんは桜を観ていた。

 柔らかい春の陽ざし、爽やかな風に吹かれて、ヒラヒラ散っている桜の花。


「ケンちゃんはシャベル派?」

「………………」

 ケンちゃんは何も言わずに固まった。いつもと変わらない外見だったけれど、空気すらも凍ったように固まっている。


「昨日、ケンちゃん、シャベルでうたってたよね」

 ケンちゃんは何も言わなかった。ボクも何も言ってなかったかのように、時が止まったみたいに桜の木を見ていた。


 花びらがケンちゃんの頭に乗る。

 ケンちゃん、桜が似合うね。


「ケンちゃん」

 お返事なし。


「今日はずっとしゃべってくれてないね」

「そんなことないだろ」


「しゃべってくれてないよ」

「今、しゃべってる」


「今はそうだけど、『おはよう』と『いただきます』と『ごちそうさま』しか言ってないよ」

「それだけ言えば十分だろ」


「ぜんぜん十分じゃないよ」

 ケンちゃんはまた黙ってしまった。


「ボクはもっと、ケンちゃんとおしゃべりしたいのにな……」

 しばしの沈黙……。





「それならシャベルとスコップの話はするな」

 ボソっとケンちゃんが言った。


「うんっ!」

 ケンちゃんがおもしろいから言うつもりでいたけど、今はうなずいた。ほとぼりが冷めた頃に言おう。


「それじゃあ、桃の話をしようよ」

「なんで桃?」


「おばあちゃんが洗濯をして、おじいちゃんが畑仕事に行っているからだよ」

 ケンちゃんは険しい顔をした。


「……ばーちゃん、川に行ってないだろ?。じーちゃんも山へしば刈りに行ってない」

 ケンちゃん、細かいことにこだわるよね。


「でも、お洗濯してるし」

「洗濯機から桃は流れてこないぞ」


「おばあちゃんは洗濯をして、おじいちゃんは畑仕事に出かけて、って思ったら、桃、食べたくなっちゃったんだよね」

「連想ゲームじゃねーよ」


「でもさ、考えてみたことない?」

「あ?」


「桃太郎が入ってたも持って、なんか美味しそうじゃない?」

「川、流れてきた桃なんて食いたかねーよ。しかも人間、入ってたんだぞ」


「ロクな桃じゃねーよ」

「ケンちゃんはなんてことを言うんだよ。上流から桃太郎が入って流れてきた桃だよ。普通の桃のわけがないじゃん」


「アンブロシアとかネクタルとか、桃源郷みたいなところから流れてきた食べ物とかって思わないわけ?」

「……適当なの混ぜるな」

 そうでもないんだけどな。


「でも、なんとなくだけど、桃って特別な食べ物じゃない?」

 返事はなかったけれど、ケンちゃんもそう思ってる感じがした。


「あんなに美味しいんだよ。きっと、神様が食べててもおかしくないって、みんな思うんだよ」

「……りんごとかざくろとかでもいいんじゃね?」

 どっちも神話に出てくるよね。


「神話とか昔話とか関係なく、ボクが桃を食べたくなったんだよ」

「朝飯、食ったばっかりだろ?」


「ケンちゃんがシャベルとスコップはナシって言うんだもん。ケンちゃんのせいでボクは桃が食べたくなった」

 そう言うとケンちゃんはムッとした顔になった。『俺のせいにすんじゃねー』って顔だよね。


「も~も、も~も、も~もが食べたい」

 ボクが体をゆすゆすしながら言うと、

「あ~、もう。スーパー行って買ってくればいいだろ!」

 ケンちゃんがキレ気味に言う。


「ボクひとりじゃ買いに行けないよ」

 ここからスーパーマーケットはとっても遠い。


「ケンちゃん、一緒に行って」

 極上のおねだりする顔。


「行ってもいいけど……」

 しぶしぶって感じでケンちゃんが言う。


「わ~い!」

 ケンちゃんが行ってくれるって言った。


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