4 地上にて2

第11話 それならシャベルで歌ってみよう

 その日の夜、ケンちゃんはおじいちゃんの家のケンちゃんにあてがわれた部屋にいた。おじいちゃんの家はとっても広いから、ひとりが一部屋使っても、まだまだいっぱい部屋がある。そこには人ではないモノもいるかもしれない。ということにしてみる。


 ケンちゃんはおじいちゃんが用意してくれた文机(畳に座って使う和式の机)に座っていた。机の上には問題集とノートが開かれている。宿題はないし塾の問題は解いたって言ってたけど、そのさらに上を行く自主的な学習かと思いきや、その問題を解いているわけではないようだった。


「シャベルでは歌いにくい……」

 ボクが言ったことが気になっているのか、そう言ってた。スコップの方が響きがかわいいんだよね。ボクにはスコップが合う気がする。


「スコップコップ、コップコップ」

 ケンちゃんはつぶやくように歌った。びっくり。ケンちゃんが作詞作曲ボクのスコップの歌をうたうなんて、天変地異の前触れかなんかじゃないの?


 思っていた以上にメロディがしっかりとしていた。それに意外とうまかった。

 ケンちゃん、良い声してるね。


「シャベルベル、ベルベル……」

 スコップと同じようにシャベルで歌おうとしていたけれど、やっぱりしっくりこないよね。


「……文字が足りないのか?」

 そう言って考え込む。


 シャベルとスコップは文字数は一緒なんだけど、小さい字の位置が違うんだな。小さいヤは二番目で小さいツは三番目。この違いは劇的に違う。ゆえにスコップの歌でシャベルは使えない。


 ボクがスコップで作っているからね。

 スコップの跳ねるような音がこのお歌のキモなのである。


「シャベルがしゃべった、シャーシャーシャベル」

 おや、ケンちゃんは歌詞とメロディを変えてきた。


「もう一回」

 こそっと言ってみる。


「シャベルがしゃべった、シャーシャーシャベル」

 聞こえてたみたいだ。

 ケンちゃんは少し大きな声でうたった。


「いい感じ!」

 目立たないように言ってみた。


「シャベール、シャベール シャベル、シャベルがしゃーべった」

 後ろの正面に行きそうなフレーズ? まあいっか。


「もっと大きな声で行ってみよう!」

 魂の叫びをとどろかせるのだ。


「シャベルがしゃべるぞ、しゃべればしゃべるときしゃべればしゃべる!」

 意外とノリノリなケンちゃん。ホントはケンちゃんも歌いたかったんだね。


「三段活用!」

 ボクがそう叫ぶと、ケンちゃんはハッとしたようにこっちを見た。

 そしてボクと目が合うと、ケンちゃんは信じられないものでも見たような顔をしていた。


 ボクのお部屋はケンちゃんの隣で、その間にあった唐紙を開けてケンちゃんを見ていた。


「あのね、さっき、言えなかったから『おやすみなさい』って言いに来たんだ」

 そう言って極上の笑みを浮かべる。

 これをすると、誰が微笑みを返してくれる。


「……………………」

 でもケンちゃんは黙っていた。寡黙って言うの?

 いつもケンちゃんは寡黙だったけれど、いつも以上に寡黙だった。


「おやすみ、ケンちゃん」

「…………………おやすみ」

 小さな声でケンちゃんは言い、何事もなかったかのように机の上の問題集を解きだした。


 ボクは微笑みを浮かべ、唐紙を閉めた。

 すると

「三段活用じゃねーし……」

 というケンちゃんの声が聞こえてきた。


 そっか、それに引っかかって止まっちゃったんだね。

「ふふふ」

 微笑ましいな、ケンちゃんは。

 さすが、中二病の語源になるだけのことはあるね。


 次は声をかけるのをやめて、最後まで歌い上げるのを見届けてあげよう。

 心の中で、そう誓った。


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