第9話 スコップの歌、ふたたび
それから少しの間、待っていたけれどケンちゃんは戻ってこなかった。時間にして30秒くらい。もっと短いかも。だって一秒ってけっこう長いんだよ。
しかたがなく、ボクはケンちゃんが地面に置いたシャベルを手にする。
じっと見つめる。ママが買ってくれた白くてボクのかわいらしいお手てに似合うシャベルを。
そしてそれを振り上げる。
「んっ」
ケンちゃんが掘っていた場所をボクも掘ろうと地面に刺した。
でも、ボクではちょこっとしか掘れなかった。
おじいちゃんやおばあちゃんが毎日踏み固めている場所だもの。けっこう硬い。そんなところを掘るなという話だけれど、ケンちゃんはけっこう掘っていた。
おじいちゃんやおばあちゃんに迷惑をかけるなって言ってたくせにね。
もう一回、掘ってみる。
ちょっとしか刺さらない。
「ケンちゃんみたいに掘れない……」
でもがんばってみよう。
ボクはすうっと息を吸う。
「スコップコップ、コップコップ~」
小さく歌ってからシャベルを突き刺す。
「おお」
ちょっと深く刺さる気がした。
「スコップコップ、コップップ」
リズムに乗るからなのか、歌わない時よりも刺さる気がする。
ボクはシャベルをじっとみつめた。そして振り上げる。
「スコップコップ」
ここで地面に刺した。
さらにもう一回。
「コップップ~」
やっぱり歌わない時よりも刺さっている。
「スコップコップ、コップコップ スコップコップ、コップップ」
地面が思っていた以上に掘れていく。
(ちょっと歌詞を変えてみようか)
「ボ~クのスコップ、すてきなスコップ。スコップコップ、コップップ」
次の言葉を考えている間にいつものフレーズを入れる。
「素手だと全然、掘れないけれど」
無理だね。爪も痛そうだし。
「スコップコップ、コップップ」
うん。いい感じ、いい感じ。
「スコップ使えば倍は掘れるぞ。いやいやもっとかな三倍だ~」
ボクって天才かも。
「スコップコップ、コップコップ~」
「ざっくざっく掘るぞ、掘るぞ掘るぞほ~るぞ。スコップコップ、コップコップ」
なんか乗ってきた~。
「あ、そ~れ」
合いの手まで行ける。
「スコップコップ、コップコップ。スコップコップ、コップップ」
軽やかに歌えよ、ボク。
「どっこいしょのよっこいしょ。よっこいしょのどっこらよっこいしょ」
なんか重くなってないか?
「どっこいよっこいよっこいしょういち」
あれ? 急に昭和?
「ぼっくの名前はしょういちじゃないよ。ボクの名前はただのショウ」
アレ?
『ショウ』って歌ったとたんにブレーキがかかったみたいになった……。
「語呂が悪いのかな?」
まあいいや。
気を取り直して行こう。
「ぼーくの名前はしょういちじゃなくってただのショウ。あ、ショウ」
これでいけるか?
「ショウ。あ、ショウ、ショウ、ショウ、ショウ」
続けて名前を何度も呼ぶのもな……。
「スコップコップでコップコップ」
あ、こっちだな。やっぱり。
「スコップコップ、コップップ」
落ち着くかも。ストレスの後の安堵感がいい。
「おい」
いつの間にかケンちゃんが戻ってきていた。
歌ってたから気が付かなかったよ。
「ケンちゃん、おかえり~」
笑顔でケンちゃんを迎えた。
「それ、スコップなのか? シャベルじゃなくて」
ケンちゃんはボクが持っていたシャベルを指さして聞いてきた。
ボクの歌を聴いてたんだね、ケンちゃん。ちょっぴり恥ずかしいけど、それと同じくらい嬉しい。
「ふっ」
ボクは鼻で笑った。
「さて、問題です。こればシャベルでしょうか、スコップでしょうか?」
「答え分かって言ってる?」
「うん」
ボクはうなずいた。
つづく
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